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 ただいま,大阪市内の舞洲アリーナに来ています。
 9条世界会議in関西の開催中です。
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 この臨場感をお伝えしたく,レポートします。

 世界会議では,専門家や研究者といわれる方々のお話もたいへん貴重ですけれども,この「in関西」でよかったなぁ~と思うのは,そうではないフツーの人たちの生の言葉でした。

20080506123126.jpg 午後の部の冒頭に,関西の各大学から集まった大学生・留学生6人のスピーチがありました。
 一市民参加者である私は,彼らの率直で飾ることのない心情や見解に,大いに共感を覚えました。
 若者の「平和を愛する大人たちへ,この9条のある国に生んでくれてありがとうございます!」という清々しく溌剌とした叫びに,会場から大きな拍手が送られました。
 (なお,司会の〔神戸としては毎度おなじみの〕小山乃里子さんが,東京の大学生対象のアンケートで,原爆投下日を知っている学生は,わずか4分の1程度だったという話を紹介され,会場がどよめきました。しかし,これに抗するように,良識のある若者が多数いることを知って勇気付けられた次第です。)

 私が今回,参加した最大の目当ては,ベアテ・シロタ・ゴードンさんの講演でした。
 ベアテさんは,言わずと知れたGHQの一員であって,日本国憲法の起草担当班のお一人です。
 ベアテさんは,終始,日本語でユーモアを交えながら,憲法制定当時のご自身の行動,戦後の焼け跡の有様と感想,GHQと日本政府との議論の状況,などをリアルに語ってくれました。
 具体的な内容は,次に箇条書きにすることにして,とにかく「感動」したことをお伝えしておきます。
(昨年の東京新聞のインタビュー記事も引用しておきます。)

 広いひろ~い会場内を2周りしてみましたが,人はギッシリ満員で,行き帰りのシャトルバスも文字通りピストン輸送状態でした。
 これだけ多くの人々が集って来ることに興奮を禁じ得ませんでした。
ベアテ・シロタ・ゴードンさんさんの今日の講演の一部をメモしましたので,ここに残しておきます。

◆私は,憲法草案起草に当たっては,女性の権利,学問の自由などを担当する役目を担った。

◆草案作成に当たって各国の憲法を探し回ってこれらを読み漁って,みんなで猛勉強した。

◆民間の起草案などもGHQに集まってきていた。

◆それゆえに,日本国憲法が,当時の各国の英知が凝縮されたものだったこと。

◆したがって,米国よりも内容も質も優れた憲法であること

◆「押し付けた」と言われるが,国民にとってとても良い内容であり,マッカーサーが押し付けたものとは言えないこと,

◆新しい憲法は,多くの国民にたいへん喜ばれ,圧倒的に好意的に受け入れられた。

◆日本は,古来から他国の文化を輸入して発展させてきたが(漢字や慣行など),憲法も同様に受け止めたらよいだろう。

◆自分は若かったこともあって(当時22歳),これまでは口を閉ざしていたが,10年ほど前から語るようにしている。

◆女性の権利,考え方については,戦後と比べると格段に向上しているのを,実際に目で見て感じた。

◆これまで,60年にわたって憲法が改正されなかったのは,内容が良い内容だったからだ。

◆この憲法を,もっと他国に宣伝して,他国の憲法のモデルにしていくべきだ。

◆そうすることによって,世界の平和が作られるはずである。


また,同旨の内容が綴られている昨年の東京新聞の記事も引用しておきます(写真・文とも2007年5月1日付け東京新聞より)
日本国憲法の「男女平等」を起草した ベアテ・シロタ・ゴードンさん 
Q 憲法にどんな思いを込めましたか?

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 3日で施行60年を迎える日本国憲法。
日本女性の地位向上の願いを込めて男女平等条項を起草したのは、GHQ民政局のベアテ・シロタ・ゴードンさんでした。
記者が以前、自宅を訪ねて行ったインタビュー内容を、歴史の貴重な証言として紹介するとともに、施行60年にあたってのメッセージを寄せてもらいました。
 記者・豊田洋一

地位向上願い 権利を女性に

 豊田 なぜ憲法草案起草にかかわることになったのですか。

 ベアテ 私は一九四六年の一月から、連合国軍総司令部(GHQ)民政局行政部の政党課でリサーチャーとして日本女性の政治運動や小政党を調査していました。
二月四日、民政局長のホイットニー准将が私たち局員を呼んで「マッカーサー元帥から憲法草案をつくるよう命令がありました」と伝えたのです。
当時、政党課にはロウスト中佐、ワイルズ博士と私の三人がいて、行政部長のケーディス大佐は私たち三人に「人権のことを書きなさい」と割り振りました。草案は一週間でつくらなければなりません。三人で分担することにして、ほかの二人が私に「あなたは女性だから、女性の権利を書けばいいのではないですか」と言ったのです。


 豊田 どんな気持ちで引き受けましたか。

 ベアテ 憲法草案を書くなんて思っていなかったから、最初はびっくりしましたが、女性の権利を書くことになり、すごく喜びました。
私は五歳半から十五歳半まで日本にいて、当時の日本女性には権利が全然なく、その苦労を詳しく知っていましたから、女性にもいろんな権利を与えたいという気持ちで草案づくりを始めました。
憲法の専門家でない私は、いろんな国の憲法を参考にしようと、ジープに乗って東京の図書館を回り、本を借りてきました。草案づくりは極秘で、一カ所だけ行くとよくないと思い、三カ所で十か十一の憲法を見つけ出して事務所に戻ったのです。


 豊田 草案づくりでは、どんなことを重視しましたか。

 ベアテ 集めてきたスカンディナビアや、ワイマール、ソ連の憲法には女性の基本的な権利だけでなく、社会福祉の権利もちゃんと書いてあったので、憲法にこれを入れたいと思いました。
民法を書くのは、官僚的な日本男性ですから、憲法にちゃんと入れないと、民法にも入らないと思ったんです。
民法を書く人が縮められないよう草案に詳しく書きました。


 豊田 そのまま草案になったのですか。

 ベアテ ケーディスは「ベアテさんは日本女性のために、米国憲法以上の自由を書きましたね」と言ってくれましたが、「基本的な男女平等はいいが、社会福祉は憲法には合わない。そういうものは、民法に書かなければいけない」と認めてくれません。
私、泣いちゃったんですよ。
反論したんですが、まだ二十二歳の私には大佐ほどの力はなく、戦ってもどうにもならない。
不満でしたが、基本的権利にとどめることを了承しました。


 豊田 日本側はGHQの草案をすんなり受け入れたのですか。

 ベアテ 日本政府には「これを基本に日本の憲法をつくってください」と草案が渡されていました。
一カ月後、日本政府代表者とGHQとの会議があり、私は通訳として呼ばれました。
会議は午前十時から始まり、すぐに私たちの草案を議論しているんじゃないことが分かりました。
日本側は全く違う憲法案をつくってきたのです。ですから、日本側の案を英訳したり、ケーディスの返事を日本語に訳したり、議論があっちこっちに飛んで進みません。
そうしたら、(当時外相だった吉田茂元首相の側近)白洲次郎さんが、書類をテーブルに置いて、どこかに行ってしまいました。
それは私たちの草案の日本語訳でした。ケーディスは、この草案をベースにしようと言い、それ以降、議論が少し楽になりました。


 豊田 その後、議論は順調に進みましたか。

 ベアテ それでも天皇制は、ずいぶん時間がかかりました。
日本側は天皇の権限を強くしたかったし、私たちは弱くしたかった。四、五時間はその議論だけでした。
でも、私たちは部屋から出られません。
陸軍から出された缶詰をそこで食べて、議論を続けました。


 豊田 ベアテさんの男女平等はどうでしたか。

 ベアテ 翌日の午前二時ごろ、男女平等の条項が(議題に)出てきました。
日本側は最初「これは日本の歴史、文化に合わない。憲法には入れられない」と言ったので、激しい議論になりそうでした。
でも、ケーディスはこう言ったんです。
「女性の権利はシロタさんが書きました。通しましょう」。
日本側はそれを聞いてびっくりしたと思いますが、私は通訳が早く、日本側からも信頼されていたので、日本側も最後には男女平等を受け入れてくれました。


 豊田 九条の戦争放棄規定は問題にならなかったのですか。

 ベアテ それはマッカーサーが「入れなければならない」と、最初から命令していたので、日本政府代表者との協議では全然、議論にならなかったと思います。
ただ、ケーディスは亡くなる前、私に「九条の最初の草案には、侵略戦争だけでなく、自衛戦争もやってはいけないと書いてあったが、自分が消した」と言っていました。
彼は、どの国でも自衛権はあると思っていたんです。
戦争放棄条項はマッカーサーかホイットニーか、誰が書いたのかは分かりません。
でもケーディスが自衛戦争の放棄を消したことは確かです。


     ◇

 このインタビューは二〇〇四年四月二十日、ニューヨーク・マンハッタンのベアテさんの自宅で行われました。

    ◇

 1923年、ウィーン生まれ。29年、作曲家・山田耕筰の招きで東京音楽学校(現・東京芸大)に赴任したピアニストの父、母とともに来日。少女時代を東京・乃木坂で過ごす。39年、米留学。卒業後、米タイム誌リサーチャーなどを経て、45年、GHQ民政局スタッフとして再来日。日本国憲法の人権条項起草にかかわる。著書に「1945年のクリスマス」(柏書房)など。ニューヨーク在住。
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