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 裁判員制度導入について、もし目に見える好ましい効果があるとすれば、それは刑事裁判官に対するプレッシャー(外圧)だろう。

 おかげで、プロ裁判官も、刑事訴訟の(悪しき)慣例よりも、本来の原則が重要であることに目覚めたように見える。

 最近、連日のように、無罪判決のニュースが報じられている。
 客観的な数字にもあらわれている。
 6月2日に発表された最高裁のまとめによれば、刑事裁判一審での否認事件の無罪率(一部無罪を含む)が、過去10年で最高の2・91%に上ったとのことである。
 否認事件無罪率は、平成14年までは1%台だったのが、平成15年ころから2・1%と上昇し始めた。まもなく3%台に達する勢いだ。

 これは、
   捜査機関が手を抜くようになったわけでもなく(むしろ一生懸命やっている)、
   難事件が増えてきたわけでもない。
   弁護人たちも、今も昔も変わりなく一生懸命やっている。
 やっぱり、無罪率の上昇の原因は、ひとえに「ジャッジ」をする裁判官の意識が変わったからだろう。
 他に合理的な理由は見あたらない。

 その直接のきっかけは、裁判員制度の導入を決めた「外圧」と考えられる。

 裁判員制度導入を提言した「司法制度改革審議会」の最終意見書は、平成13年6月12日に公表されている。
 これを受けて、「裁判員制度?なんじゃそりゃあ!えらいこっちゃ~!」と現場裁判官が驚いたのは間違いないだろうし、「刑事司法制度の改革~?どこが悪いっちゅうねん!」と憤慨した職業裁判官がいたことも想像に難くない。
 ただ、実際、その翌年の平成14年ころから、確実に無罪率が上昇しているのである。

 ところで、陪審制度を訴え続けていた刑事研究の大家である佐伯千仭先生は、平成元年に「刑事訴訟法の40年と無罪率の減少」(ジュリスト930号)という論文を発表しておられる。
 陪審制度が行われていた時期の刑事裁判の無罪率は、軍国主義下にありながら、1.3%~3.7%だったそうだ。
(なお、現在、全部の刑事裁判の無罪率は0.1%に満たない。佐伯先生は「無罪率の驚くべき減少-減少というより絶滅に近い」と書いておられました。)。
 他方、陪審裁判の無罪率は、16.7%だったそうだ。
 この陪審員という「外圧」に、刑事司法が引きずられるように、影響を受けていたに違いない。

 もともと,裁判官には独立が保障され,「法と良心」のみに拘束されるはずだった(憲法76条)。
 ところが、憲法では想定外の,「慣行・因習」や「スケジュール」、「能率」,さらには「内部評価」(=内圧)といった要素に振り回され続け、本来の基本を忘れていたように見えた。
 だから,「絶望の刑事司法」というのは多くの弁護人が共感するところだった。

 “裁判員制度”という憲法も想定していなかった「外圧」の産物によって、逆に、憲法の基本を思い出させられたとすれば、皮肉な結果だ。
 しかし、良い方向に舵が切られているのであれば、そのこと自体は歓迎したい。
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