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 日本では,行政のあり方に一石を投じようとしても,その手段がない。
 本来,国民には,「参政権」を使ったり,「裁判を受ける権利」を使って,行政の誤りをただすことができることになっている。
 しかし,どちらの権利を行使しても,むなしい無力感を感じるばかりだから,国民はやる気をなくす。
 だから,民主主義が育たないのも当然だし,また,行政のユーザーである国民からチェックが入らないとなれば官僚が間違いを犯すのも当然だ。

 だいたい,行政訴訟を行おうと思っても,勝訴判決を勝ち取るまでは難関の障害だらけだ。
 風雲たけし城(古い?)よりもずっと厳しいヒジョーに狭き門をくぐり抜けなければならず,事実上,裁判を起こす気にならない。

 健全な行政運営を期待するには,司法が一歩前に出ることが不可欠だ。

 9月10日の最高裁判決は,その意味では,とても画期的だった。

 土地区画整理事業の計画に文句を付けようと思っても,これまでは,「仮換地指定」(=実際に土地の移動等をさせられること)の段階まで進まなければ,行政訴訟を起こせなかった。
 具体的な区画整理の計画が決まっていたとしても,それは単なる計画・青写真に過ぎないから,裁判の対象にはならないというのだ。
 まるで,敵からの襲来計画が公表され,いつどこから攻めてくるか明らかになっているのに,目の前で矢を向けられるまで,黙ってジッと我慢していろ,と言うようなもので,はっきり言って非常識な見解だった。

 それが,今回の判決で,事業計画決定の段階で,提訴ができるようになったのである。

  <<<土地区画整理事業の流れ>>>

  ■事業計画決定       ←この段階で提訴可能に!
      ↓
  ■審議会の設置
      ↓
  ■審議会の審議
      ↓
  ■仮換地指定         ←これまではこの段階まで我慢!
      ↓
  ■工事や建物移転,補償
      ↓
  ■換地処分
      ↓
  ■清算金交付
      ↓
  ■事業完了


 なお,この狭き門の要件を,「処分性の要件」と言う。
 単なる事実上の影響に過ぎないから法律的な処分じゃないよという論理(等々いろんな理屈がある)である。

 この処分性の要件ではねられた事件は,他にもムチャクチャたくさんある。
 たとえば,

  ●小学校を廃止する条例

  ●水道料金を値上げする条例

  ●請願の受理を拒絶すること

  ●文化財の取り壊し

  ●都市計画決定を経た高速道路建設

  ●自衛隊の海外派遣

等々・・・挙げだすと,枚挙に暇がない。

 国民が,行政へのチェックを裁判の場を通じて直接的に行うことは,先進諸外国では当たり前のように行われていることである。
 今は,日本が,民主的チェックが機能する,近代的民主国家に仲間入りできるかどうかの瀬戸際にあるのだろう。
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