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 昨日,奈良で女児殺人事件で,被告人の小林薫に死刑判決が言い渡されました。

 ◇遺族の心情に配慮するコメント,
 ◇社会不安を強調する立場から「当然の結果だ」とする意見,
 ◇死刑の当否について永山基準(被害者が1人の場合の考え方)を逸脱しているかとか量刑に関する学者の論評,
などが,紙面の中心でした。

 私は,そこのところよりも,弁護人の意見に注目したい。
 弁護団のコメントの中心は,
 「事件の背景や人格形成について,真実に迫っていないじゃないか」
というところにありました。
 つまり,死刑そのものがどーのこーのとか,重いということではなくって,「なぜこんな惨事が起きたのか」という核心や理由にもっと迫るべきだ,というコメントです。
 この点は,一般的な市民感覚からしても,共感できるもっともな意見ではなかろうかと思います(とにかく結論さえ出れば,なんでもいいんだ,という意見とは相容れないですが。)。

 主任弁護人の高野嘉雄先生は,私も修習時代にお世話になりました。
 高野先生は,刑事弁護に精通した弁護士ですが,“黒を白にする”とか“何でもとにかく争う”という弁護活動ではなく,“情状とは何か”を追求していました。
刑事弁護をやる上で,
 ○被告人のため
 ○被害者のため
 ○社会のため
といういろいろな目的が,それぞれ対立したり相矛盾することがあり,弁護人としてはいつも悩みます。
 しかし,どうしてこんな事件が起きたのか,という点についての背景事情を浮き彫りにすることと(=「真実は何か」),二度と同じ過ちを犯さないようにするという更生への助力(=「二度と起きないようにする」)については,それぞれ一致して共通の目的とすることができると思われます。

 こんな観点で情状を考える。そういうことを高野先生からは教わりました。
 昨日の弁護団コメントは,まさに,その姿勢からの意見だったと思います。

 ちょっと話は逸れますが,これに関連して,4年ほど前に弁護士会の会報に載せた書評がありましたので,以下,引用しておきます。

<以下引用>
「会えて,よかった」黒田清~読むと泣いてしまう本

1 私が奈良で修習をしていたころ,付添人の高野弁護士がこの本を少年に差し入れて感想文を書かせていたのがきっかけで,初めて手に取りました。その当時,何度も感動して泣きながら読んだのを覚えています。私も,弁護士になったばかりのころ,何度か先輩の受け売りで被告人達に差し入れて読ませたことがありました。しかし,忙しくなってから,そのようなことをすることもなくなり,またこの本のことも忘れていました。
 今回,この欄を担当することになりましたので,数年ぶりに手に取って読んでみることにしました。

2 著者は「黒田ジャーナル」の黒田清氏で,彼が取材などを通じて知り合った人々の,喜びや悲しみなどに触れた感動のエピソードを,それぞれ7~8頁の短文で25話綴ったものです。はしがきにはこう書いてあります。『書きながら深い感動に包まれて,涙が溢れてくる時もあった。書き手がそうなのだから,おそらく,読まれるあなたも,どこかで堪えきれなくなり,涙で頬を濡らされるに違いない。だから,この本はできることなら電車の中などで読まず,一人いるところで心静かに読んでいただきたい。』私は,今回,著者の指示に従わず豊岡へ向かう車中で読んでしまいましたが,予言されたとおり深い感動に包まれて涙で頬を濡らしてしまい,向かいの席の人に知られないよう何度も車窓を眺めるフリをしてごまかしていました。

3 具体的な内容は,障害や差別に立ち向かう人々や,それを乗り越えて幸福や感動を得たエピソードの数々です。私は,それを上手に伝えることができませんが,障害をもった高校生が水泳大会でもがき苦しんでいる姿に思わず服のまま飛び込んで応援する校長先生の暖かさ,差別を乗り越えて結婚に至る男女の心やこれを支える家族の愛情,不良で荒れた息子が結婚式で苦労をかけた母親への思いを口にしようとして胸を詰まらせるシーン,父が受刑した事件をバネに警察学校を主席で卒業した息子の話,余命いくばくもない乳児の弟を一生懸命元気づけようとする幼いお兄ちゃんの姿,戦死した夫に対する尽きることのない思慕の念など,どれも胸を打つものばかりです。

4 今回,このような本を読むことにしたのは,理由があります。
 弁護士をしていると,どうしても感情を抑えて,時には冷徹に,時には事務的に事を進めなければならないことが多いのが実情です。そのこと自体の当否は別として,人間としての私の心の感性が錆ついていないか心配になってきました。依頼者や関係者の訴えに共感できなくなってきたり,人の生き死にに関わる事件を「よくある事件の一つ」としてパターン的に処理していくことに疑問を感じたのかも知れません。
 しかし,実際にこの本を読んでみると,修習生だったころと同じように涙が溢れ出ましたし,むしろ,それ以上の感動を覚えたような気がします。それは,私自身が、その後きちんと仕事に就いて苦労をしたり,自ら結婚し家庭を持つようになったり,子が出来て親となったりする過程の中で,新しい感性を培ってきたからかも知れません。
 そういえば,最近は,ドラえもんや陳腐な時代劇などを見ていても泣けてくることがあります。そんな風になったのは,自分自身が何か涙腺が緩む病気になるなどおかしくなってきたのではないかと心配していたのですが,そうではなく,新たな感性が備わってきたからなのだろうということが,今回この本を読むことで分かってきました。

5 これだと,あまり本の紹介になっておらず,自分の勝手ばかりを話してしまった格好となり,申し訳ないような恥ずかしいような気がして恐縮です。ただ,以前に感動した本をあらためて読むということは,自己の認識を新たにする上で有益であるということはご報告しておきます。また10年ぐらいしたら同じ本を読んで見ようと思います。
 みなさんも,若い頃に素直に感動した本を,あらためて手に取ってみてはいかがでしょうか(三五館出版 定価1200円 全222頁)。


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