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 川口市で保育園児が死傷した痛ましい事故の件です。
 重体だった1人の子も昨日息を引き取り,3人の幼い命が失われました。 幼い子を持つ親として,ご遺族の気持ちを思うと,やりきれません。

 他方,加害者(突っ込んだ車の運転手)の井沢英行氏は,手元のカセットテープの入れ替えをしていて脇見運転だったとのこと。結果の重大性からして,この運転手の責任の重さははかりしれません。
 ただ,かなり運転が乱雑な私としては,ある意味で,他人事とは思えません。 もし,自分が同じ状況だったらどうだろうかと思うと,おそろしくなります。

 今朝,TVニュースで,亡くなった盛山陽南子ちゃんの通夜の後で,お父さんが会見の際,
“いつ被害者になるか,いつ加害者になるか分からない。そのことを考えないといけない”
という趣旨の発言をされていました。

 ものすごく重たいコメントです。

 そして,とても大事な言葉です。
 この社会に最も欠けている重要な部分が,ご遺族の口から語られたことに,とても重要な意義があると感じました。
 お父さんは,さらに,
 「被害者加害者になった後で気づくようでは、本当に愚かというか、運命というか、情けない気持ちでいっぱいです」
 とも語っていたとのことです。
 これって他人事ではないでしょう。

 参列していた人からは,
「一歩間違えば自分の子供と思うと、ひとごとではない」
というコメントもありました。
 これも他人事ではない,ということをそのままズバリ言っています。

 自分だったらどうだろうか。
 その立場だったらどうだろうか。
 自分が被害者だったらどうだろうか。
 自分が加害者だったらどうだろうか。

 こういう想像力がとても重要だ,と最近つくづく思います。

 「そういう状況になってみないと分からない」,というのではあまりに貧困な文化,思想だと思うのです。

 特に,自分だったらそんなのあり得ない(=たとえば,上記の中の「加害者」とは考えないでしょう。)という思考があるとしたら,それは絶対的な誤りでしょう(→加害者だったときのことを考えないと,刑事や人権の問題はとうてい理解できません。)

 安全の問題も,災害の問題も,障害者の問題も,高齢者の問題も,戦争や平和の問題も,経済や政策の問題も,コミュニティの問題も,どれも,
「その状況を想像できるか」
という点に,問題を解く鍵があると思います。

 想像力を欠いた,考え,発言,思想,政策は,はっきり言ってボツです。物事を,人ごとだと突き放している限り,真実には迫れないと思います。
(私のフィールドの,裁判でも,勝訴・敗訴の結果にかかわらず,想像力を欠いている判決は,デクノボウ判決だと,日々感じています。)

 ご遺族はおそらくは悲しみの極みにあるはずです。
 そのご遺族から,この視点について本質を突く発言があったので,おどろきと重みを感じた次第です。


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