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 災害復興に関わる者の共通のテーマとして,
   「復興とは何か」
という問いがあり,これを的確に言葉で表現するのは非常に難しい。

 それをあえて明文化しようという試みをしてみた。

 こういうことを明文化することについては,良い面,悪い面,いろいろあると思う。

 良い面と考えられる点を3つ挙げる。

①基本的な理念を言葉で共有でき,議論や取り組みの質を高められる。

②復興で得られた経験を,教訓や文化に高められる。

③制度の誤った行政運用をすぐに見抜ける(ほとんどの失政や誤ちは,ミッション(使命)を見失ったときに生じる。理念の明文化は,これを防止できる。)。


 悪い面も3つ。

①多様な価値観を簡素な言葉に置き換えると,広がりや深まりが失われてしまう。

②明文化したものが一人歩きし,生の人や地域よりも,基準が優先される制度絶対主義の弊害。

③被災者から沸き上がるような経験が紡がれず,上から押し付けられる形になる危険がある。


 ・・・・いろいろ課題があるとしても,被災者・被災地が元気になる災害復興を実現するために,絶対に必要な作業・プロセスだと思うので,あえて「たたき台」を提供して,さらなる議論の活性化を望みたい。

 以下,日本災害復興学会で発表した私の予稿を引用しておく。
         ↓
復興理念の明文化の試み~災害復興憲章試案

1. はじめに
 災害からの復興のために,あるべき制度を模索することが私たちの取り組む共通課題である[1]。制度のあり方,設計,内容,問題点等を検討する作業を深めていく中で,必ず直面する問題が「復興とは何か」という問いである。この点,私は,“この問いを問い続ける過程こそが復興である”という「問い直しのプロセス=復興」とする意見に賛同する[2]。それは,「復興」という言葉が意味するものが極めて多義的であり[3~5],これを一義的な目標概念として位置付けてしまうと,「復興」のベクトルが被災地の実体から乖離してしまいかねないからである。一人ひとりの存在と多様な価値観を尊重しながら,持続可能な社会を形成していく努力が,復興の場面で強く求められている。
 もっとも,具体的な制度の設計を行う際に,どうしても克服しなければならない現実的課題に直面することがある。あるいは,多様な利害の衝突を調整しなければならない場面に遭遇することもある。その際に必要となるのが,解釈の指針である。たとえば,わが国における法制度の創設や解釈を行う場合に,大きな視点と方向性を指し示すものとして日本国憲法が存在している。それと同じように,復興制度を策定する際に,あるべき方向性を提供する「理念」を明らかにしておくことが必要ではないか。
 これまで,様々な場で復興のあり方について検討が進められてきた。その中で,なんとなくではあるが復興の「理念」が共有されつつあるような気がしている。それを復興基本法という「法制度」として位置付けようという意見もあるが,「法制度」として確立するには,まだまだ多くの課題が山積している。かといって,せっかく共有されつつある「理念」を,最終段階の制度の形にするまで明文化しないで温めておくのも不合理である。議論の場において,制度の解釈の検討の場において,利害衝突を調整する場において,現時点において共有されている「理念」を目に見える解釈指針の形にしておくことは有為と思われる。その共有理念を,この場では仮に「災害復興憲章」と呼称し,その“叩き台のようなもの”を提供しようというのが本稿の目的である。

2. 明文化の意義
 なぜ今,共通の理念を明文化する必要があるのか。明文化の意義と問題点を,まず整理しておく必要があるだろう。
 理念の明文化によって一定の効果が期待できることは間違いない。復興計画を策定する際の最も重要なプロセスは基本方針を打ち出すことであるが,その根底・基礎部分を明確な言葉で共有できる。これによって,議論の質を高め,円滑な検討が可能となる。様々な提案や発想が混沌としている今こそ,理念を視覚化することが有効である。また,復興過程に伴い貴重な経験を,教訓や文化に高め,次に承継していくことも明文化の重要な役割である。さらに,理念の可視化によって,法制度も含めた制度設計が速やかに具体化でき,制度の運用や解釈の場面での方向性の誤りも直ちに指摘でき,軌道修正をすることもできる。ほとんどの失政や誤ちは,ミッション(使命)を見失ったときに生じる。理念の明文化は,これを防止する最初の一歩ともなり得る。
 しかしながら,理念の明文化には難点・弊害も考えられる。もともと被災地に芽生える理念は多様性を持っているはずであるが,これを簡素な言葉に置き換えることにより,生き生きとした感性が損なわれたり,広がりや深化が阻害される可能性がある。また,価値観はもともと地域や時代背景によって異なっている上,災害の種類・規模や被害の特色によって要求されるものが変わってくる。これを的確に反映して文章化する作業は不可能に等しい。また,無理に明文化を断行すると,地域の自主性よりも,硬直した文言や基準の方が優先される制度絶対主義の弊害も招きかねない。形式的な公平性が過度に強調されたり,理念を見失った基準が一人歩きすることは絶対に避けなければならない。他方で,誰がどのような形で明文化するかということも,その重みを左右する重要な要素である。被災者から沸き上がるような経験が紡がれていくのが理想であり,少なくとも,行政等によって上から押し付けられる形は絶対に避けなければならない。
 こうした懸念事項があることを認識しつつも,復興の検討を一歩でも前進させるために,復興理念の明文化に取り組む意義があると考える。

3. 災害復興憲章の試案
 復興理念を明文化するスタイルや構成は様々あるだろう。この点,これから遭遇するであろう様々な災害復興の場面にも適応できるように,ある程度の抽象性・一般性をもった形にすることが望ましい。他方で,多義的な理念を一つの文章に集約することは決して好ましくない。これらに配慮しつつ,新たな法制度の策定や解釈の指針となるのを期待して,箇条書きのような形で条項を並べ,“憲章”として形式を調えるのが適当と考える[6]。
 ただ,今回示す試案は,憲法や国連憲章のような制度の上位理念と位置付けるものとは到底なり得ていない。市民憲章や諸団体の行動憲章の類と同じように,単なる「共有できる理念」の列挙に過ぎない。しかも,私見と言っても,そのほとんどが様々な場で議論された既出の理念を整理しただけで全くオリジナリティのない叩き台である。むしろ,誤解・不見識・稚拙な表現も多数あろうから,文字どおり「叩き台」となって,個々の内容はもとより憲章自体の意義や要否も含めて,さらなる議論の深化を望みたい。
(*復興憲章の試案を挿入 → 別稿へ)

4. 災害復興憲章試案の内容
(1) 前文には,わが国が独自の先進的な復興憲章を持たなければならない地理的・時代的な状況にあること,これまで防災政策に偏っていた災害対策を見直すべきこと,これらが最重要政策であることを冒頭に掲げた。また,災害による被害の意味を「かけがえのないものが喪失または傷付くこと」と定義付け,土木構造物をはじめとするハード的な被害しか念頭に置いてこなかった過去の施策を反省し,人命や心身,さらには不可視の価値観や文化,習俗などをも含め,これらが失われたり損なわれたりしたときに,復興がスタートすることを明確に宣言した。そして,復興を考える上で,視野に入れるべきキーワードとして,「国際化」「情報化」「成熟社会」「現代社会の脆弱性」と,「個の尊重」「幸福追求」「協働社会」「持続可能性」を挙げた。その実現を復興のあり方については,生活・経済・福祉・環境・文化・コミュニティ等の復興の対象を広く例示的に列挙し[7],人々と地域が再び息づき発展ないし持続させることをもって復興を意味づけた。
(2) 最初に,復興の目的(第1条)と対象(第2条)を掲げているが,前文に挙げた諸理念を体系化した法として日本国憲法があることから,目標概念として憲法を明示し,これを実現していく行為と過程こそが復興の目的であるとしている。そして,復興の対象が,災害に遭ったあらゆるものに及ぶべきことを明示した。
(3) わが国の制度は,防災,応急措置,復旧などが時系列的に縦割りされ,連続性や一貫性がなく,被災者のための制度になっていない等,既に多くの欠陥が指摘されている。あらゆる災害対策が,有機的に一体となった制度として設計されるべきことに留意すべきである(第3条)。
(4) 復興の責任主体(第4条)については,第1次的な責任が行政にあることを再確認するとともに,市民にも一定の期待をすべきことも宣言している。ただし,あくまで市民の活動は自立性に支えられるものであり,相互に恊働することも忘れてはならない。
(5) 復興を進める手続(第5条)においては,迅速性が要求される復旧作業の場面と,民意の反映が求められる復興計画策定の場面が,それぞれ調和しながら噛み合った形にならなければならない。そして,往々にして複雑で不透明になりがちな手続を,市民にも分かるような簡明で透明性のあるものにしていくべきことを求めている。このことは,情報の提供とも深く関連する。迅速かつ適切な情報提供が,民意の形成,意思決定に不可欠であることを確認している(第6条)。
(6) 復興の財源(第7条)については,これまで公共性の有無によって形式的に切り捨てられ,復興に資するかどうかという視点が忘れ去れてきた経緯があった。公共性の有無の議論は,被災地の現場から乖離したものとなりがちである。真に必要な視点は復興の目的にかなうものかどうかである。また,被災者生活再建支援法の立法目的にもあるとおり,個人の自立の基礎部分の再生のために公的資金の投入は重要である。被災者のために何が必要かという視点を肝に銘じる必要がある。また,復興のための財源は,単年度の予備費に頼ることなく恒常的に整備すべきことを,国及び地方公共団体に求めている。これは,新たな財源措置の検討をすべきことも視野に入れている。
(7) 役割分担について,まずは市民が主体となって積極的に生活と地域の復興をなすべきこと(第8条),その実施責任は被災自治外が負うべきこと,これを支援・補完するのが国の役割であること(第9条),そして,ボランティアが欠かせないこと,その自律性を尊重しながら行政も支援を行うべきこと(第10条)を定めている。
(8) 医療や福祉に関する施策は,災害時にあらたに措置を講じても遅きに失する。平時から被災時を想定して,様々な分野で拡充を図る必要がある。また,平時の制度を適用したり修正しながら対応することが想定されるが,過度に硬直的だったり,形式的な公平性を強調して,救うべき事柄を見捨てることがあってはならならい。災害状況に応じた特段の配慮を求めることとしている(第11条)。
(9) 経済措置,産業対策は,これまでの災害復興の施策の中で,最も遅れている分野の一つである。これは,平時の経済施策との公平性や連続性の堅持が強調されたり,経済産業の再生が地域社会の復興に大きな影響を持っていることへの無理解が大きく影を落としたものと思われる。平時施策に過度にとらわれることなく,復興施策の策定・実行を求めている(第12条)。地域社会の復興のためには,行政及び市民が,被災地の地域コミュニティの価値を再確認することも必要である。地域コミュニティの再生・活性化が重要課題であることも確認している(第14条)。
(10) 復興場面において,環境整備への配慮は不可欠である。とりわけ,全世界的に災害が発生していることを念頭に置いて,地球規模の防災・減災への環境整備に努めるべきことを確認している(第13条)。
(11) 災害復興の経験から得られた教訓は,次の災害への対策として受け継がれなければならない。これは,第一に災害文化として根付かせることが肝要であり,第二に災害教育という形で次世代に反映させなければならないことを確認している(第15条)。
(12) これら復興の課題は,決して,災害を受けた被災者や,その被災地だけの問題ではない。災害列島に暮らす我が国の全ての国民や地域が共有すべき課題である。しかし,そのことはあまり意識されておらず,災害復興の問題は局地的ローカルな問題として傍観されることが多い。実際の復興の課題は,この復興憲章試案で明示されているように,極めて普遍的なテーマである。そのことを国民全体が強く認識すべきであることを指摘しつつ,他方で,常日頃から幅広く復興への思いを強く振るい起こさせ,共感し合えるような啓蒙活動が必要であることを述べている(第16条)。

5. 次の課題
 災害復興基本法を創設すべきであるとの主張が唱えられて久しいが,なかなか実現に至っていない。災害復興基本法という構想の射程範囲がいかに広く,また,込めるべき内容が奥深いものであるかを思い知らされるばかりである。しかし,少しずつであっても検討が深まり確実に前進していることは間違いない。
 今回の明文化の試みは,現時点における途中経過をスケッチしたものであり,①「復興の実践」,②「問題の抽出」,③「検証と検討」,というステップに引き続く④「理念の整理」の段階の作業である。すると,次の課題は,⑤「制度の設計」ということになるだろう。駒を確実に次に進めるために,ここで,さらに徹底した理念の整理を行っておきたいところである。
以 上
註釈・参考文献
[1] 山中茂樹「災害復興基本法への道」(『災害復興ガイド 日本と世界の経験に学ぶ』),クリエイツかもがわ p122
[2] 稲垣文彦「復興とは,やはり問い直しだ」(『復興デザイン研究第7号』),復興デザイン研究会
[3] 「復興」の捉え方については,①“復旧”に新たな付加価値を加えることを意味するとの捉え方(プラスアルファ概念),②目指すべき目標ないし達成点を明示するものとの捉え方(目標概念),③達成度や社会的熟度の評価の指標として捉えるとする考え方(評価概念),④被災を出発点とする歩みの過程全体をも含むとする考え方(プロセス概念),⑤これらの個人的・自然・社会事象の総体を指すとする考え方(包括概念)などに整理できるだろう。
[4] 宮原浩二郎「復興とは何か-再生型災害復興と成熟社会」(『先端社会研究 第5号』),関西学院大学出版会 p5
[5] 村井雅清「復興とは」(『復興デザイン研究第1号』),復興デザイン研究会
[6] 拙稿『災害復興憲章案』(「震災研究センターNo124」),兵庫県震災復興研究センター p13
[7] 拙稿『災害復興とそのミッション 復興と憲法』,クリエイツかもがわ p146/復興の対象をできるだけ広く捉えようという観点から「復興とは,公私を問わず国土及び構造物等,経済,文化,産業,労働環境及びコミュニティならびに市民の身心及び生活全般について,その被害を速やかに回復し,これらの再生ないし活性化を図ること」と定義している。
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