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 ブログを始めて3ヶ月目に入りました。結構疲れました(o´Д`)=з
 まあ,しかし,今後も続けないといけません。だから,気合いを入れるため,今,一番心配している教育基本法の改正の件について,一言。

 教育基本法改正にあたって取り上げるべき論点は,3つに整理されると思っています。

 一つは,現代の教育をよくするために必要なものは何か。
(→少なくとも教育基本法の改正は不要です。改正は有害です。)

 二つは,国が教育を支配・決定してよいのか。
(→現行法は,国の不当支配を禁止してます。先日の,日の丸君が代強制の東京判決のとおり。)

 三つは,愛国心を子どもに植え付けることが許されるのか。
(→許されません。)

 私の場合は,一つ目と二つ目の点については,考える機会が多かったのですが,三つ目の点はあまりにもナンセンスだったこともあり,あまり深く煮詰めて考えたことがありません。
 そこで,今日は,愛国心についてちょっとだけ触れてみます。
 まず,国を愛する心を,学校で教え込むという作業は,ことが「愛」という心の作用である以上,どうしても違和感を感じるのです。

 この違和感は,人間に置き換えてみれば,簡単に分かります。

 たとえば,好きな彼女(彼)に,自分のことを愛してもらおうと思ったときに,
  ◆自分の長所ばかりを説明し,愛して下さいと言い続ける
  ◇愛してもらえるように自分を磨くとともに,優しくしてあげる

のどちらがフツーの行動でしょうか。
 正解は明らかですね。

 もし,「国」が「国民」から愛してもらえてないとすれば,
    ・「国」に魅力が欠けているか,
    ・「国」が「国民」に優しくしてあげていないか
あるいは,
    ・昔ひどい目に遭わせたのに,ゴメンも言わず責任を認めない
    (→DV夫によく見られる典型的行動に似ている)
といった潔くない態度が,相手からそっぽを向かれる最大の理由でしょう。

 そうすると,本当の愛国心を培うためには,子どもを洗脳するよりも先に,我が国を誰にでも自慢できるような,魅力ある国,心豊かな国にするのが先決ですよ。
 簡単な話じゃないですか。

 「美しい国」というキャッチフレーズも確かに悪くはないが,
「美人になればモテますよ。」,「美肌効果で愛されますよ。」
という軽薄な感じがして,中味がないイメージが先行してしまいます。
イケメン政治家でこれまでやってきた安倍さんらしい言葉です。
 しかし,容姿や美しさで,人から愛してもらった経験のない私としては,ちょっとついていけません。



 有名な右翼の論客で,日本一の愛国心者と自負する鈴木邦男さんは,愛国心の強制に強く反対しています。
 鈴木さんのHPでは,愛国心について,次のようなことを言っておられます。
  ◇愛国心を教える能力と資格のある人間がどこにいるのか!
  ◇愛国心は「心」だ。教師が強制するものではない!
  ◇教師に愛国心があるのか。考えたこともない人間にできるのか!
  ◇愛国心は自己申告だ。愛国心の基準でも作るのか?
  ◇愛国心は知識ではない。心であり,実践と実績だ。
  ◇「量の愛国心」ではなく「質の愛国心」が必要だ。
  ◇教育基本法などいらない。実体は国を強くするための強迫教育法だ。

 本当に国を愛しているという右翼主義者の方の発言ですが,なんと分かりやすく,明快な言葉でしょう。
(だいたい,物事は,いろんな見方があり,正しいとか誤りとかいうのは,相対的な概念です。ですが,分かりやすいかどうかは,誰でも分かる。そこに真実があると思います。鈴木さんのお話はなんと分かりやすいことでしょうか。)


 「愛」というのは,イイ言葉ですが,現実的に見ると,弊害も多い心の作用です。

 ◇愛が高じると,独占的・排他的になります(愛する人以外は,何もかもじゃまになります)

 ◇愛におぼれ溺愛状態になると真実が見えなくなります(かえって,愛する人を,台無しにしてしまうこともあります)

 ◇愛しすぎると理性も失われます(わけわからんことを言っても平気でいられます。自己陶酔しちゃいます。)

 ◇愛のために命を捧げる勇気が生まれます(かっこいいですからね)

 ◇愛がねじれると憎しみになります(軽いところではやきもち。重くなるとドロドロの離婚紛争などにも発展します。)


 だから,「愛」には気を付けないといけない。
 愛は取り扱い注意の劇薬なのです。
 そんな劇薬を,「国」(政府)という大きな権力機構に,処方箋も渡さずにフリーに扱わせてよろしいのでしょうか。

 鈴木邦男さんは,著書の中で,こんなことも言っておられる由。

『愛国心は普遍的に皆を慈しむ「愛」のはずなのに、他人も他国も愛さない。排外主義に結びつきやすく、集団になると暴走する。愛は相手を拘束し、時に暴力的になる。国家の愛も似てますよね』

  「愛」の副作用は,「暴力」である
ということです。


 さきほど,一つの誤りの例として,
  ◆自分の長所ばかりを説明し,愛して下さいと言い続ける
を挙げましたが,これって,宗教そのものですよね。
 「愛」の作用を最大限活かして,戦争なども正当化するための装置が宗教だとします(少なくとも歴史的にはそういう一面があった)。
 そうすると,安倍さんが今,提唱しようとしている,「教育の再生」というのは,一種の新興宗教と言えるかも知れません。

 どうですか?新興宗教だと思うと,教育基本法改正というのがマユツバの政策だということが分かりやすくなったんじゃないでしょうか。


 ナンセンス!というご批判もあろうかと思いますが,分かりやすさを第一に考えてみたものです。
 いかがでしょう? 


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