私が,ポピュリズムをおそれるのは,新手のファシズムに結びつくのではないかと思うからです。

 もともと「ファシズム」という言葉自体が,いろんな意味で使われています。
 独裁主義だとか,軍国主義だとか,全体主義の代名詞みたいになっています。
 しかし,語源は,もともと戦前イタリアの「国家ファシスト党」から来ていて,これを直訳したら「国家の下にみんなが結束しよう党」みたいなものです。
 まあ,「民衆よ!一致団結しようじゃないか!」というスローガンです。

 実際,ファシズムという動き自体は,決して右翼とは限らず,左翼から出発する場合もあるし,社会主義者や,労働者の結束の姿をまとう場合もあるでしょう。
 だいたい「ナチス」も,名前は「国家社会主義ドイツ労働者党」ですもんね。

 ムッソリーニも,ヒトラーも,大衆の大きな支持を受けてトップに立ちました。
 つまり,トップに立つまでは,いわば「民主主義」の衣を装っていたわけです。
 上から押しつけるのではなく,「下から沸き上がるようにして」成し遂げたのです。

 しかし,理性,客観性,リベラリズムを欠いているから,歴史の中で,ファシズムの烙印を押されました。

 さて,ポピュリズムの依って立つ基盤も「民衆」です。

 日本の場合は,「民主主義」が,
    本来の「議論を尽くす手続」という意味ではなく,
    単に「多数の民意に支持される」という意味で誤解されています。


 だから,大衆の支持を受けているからいいじゃないか,という安直な結論に陥りがちです。
 これこそ,「ポピュリズム的な民主主義」であって,構造としては,戦前ファシズムの成長過程と似たり寄ったりだと思うのです。

 戦前のようなワイルドで復古主義的でノリはもう流行らないと思いますが,
ソフトな感じや,専門性や新規性を打ち出して,同じことを実現することは可能でしょう。

 旧型インフルエンザウイルスが,抗生物質のバリアーを破って,新型インフルエンザウイルスに成長して猛威を振るうのと同じように,新しい現代社会に適合した,
 「ポピュリズム的な民主主義」
(=ニュータイプ ファシズム)

を懸念します。

 「真の民主主義」と「ポピュリズム的な民主主義」の違いは,
 感情に流されない「理性」や「客観性」,そして「リベラリズム」があるかないか,
だと思います。
populism2.jpg

 日本における試金石(リトマス試験紙)となり,大胆かつ大規模な社会実験となるのが,裁判員制度だろうと思います。

 先にご紹介したシンポジウムのチラシを見ると,開催趣旨について次のように説明をしています。
 たいへん示唆深い内容なので,以下のとおり引用させていただきます。

 「Penal Populism」とは,直訳すると刑罰のポピュリズム化を意味し,マスコミが劇場的な犯罪報道を繰り返すことで犯罪不安が高まり,専門家の意見や客観的事実が軽視され,世論の気分によって厳罰化が推し進められる現象のことをいいます。
 世論調査によると,戦後,殺人の認知件数が一貫して減少傾向にある日本で,80%の市民が治安の悪化を信じ,同じく80%の市民が死刑を支持しています。そして,そうした世論の支持を受けて厳罰化が押し進められています。
 このことは刑罰のポピュリズム化そのもののようにも見えます。
 まもなく日本でも裁判員制度が始まります。
 その行方を占う意味でも,本シンポジウムでは,刑罰研究で国際的にも最も著名な研究者たちを招聘し,グローバルな視点から厳罰化とポピュリズムについて考えてみたいと思います。

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