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 特捜検事が逮捕されました。

 ニュースを見ていて,気付いたことが3点あります。

 ひとつは,あまりにも逮捕が早いこと。
 どんな事件でも,慎重に捜査して,容疑を固めてから強制捜査(逮捕)に及ぶのがセオリーです。
 現行犯でもない。むしろ組織的な背景がポイントになる事件なのに,こんなスピード劇で大丈夫なのかしら。
 単に拙速だけならよいけれども,検察の威信を守るための異例の措置ならば,根っこのところの発想は,逮捕検事と発想は同じではないでしょうか。



 2つめは,個人の問題に矮小化していること。
 今回の事件って,「特捜」という,検察庁の切り札グループの,チーム捜査の中で起きたことでしょ。
 主任検事がやらかしたことなんだから,フツーは組織的な行為が疑われるんじゃないですか。
 「異例だ」「信じ難い」というほど,個人の異常行動であるように演出しているように見えます。
 なんだか,運転士の個人責任に押し込めようとしたJR西の組織の論理を連想させます。



 3つめは,あまりにも「異例だ」と言い過ぎること。
 客観証拠の改ざんだから分かりやすくて,世間ウケというか,インパクトが強いんでしょうけど,
 主観証拠(=供述や証言)であれば,検察ストーリーにこじつけて,ねじ曲げちゃうのって日常茶飯事でしょう。
 ストーリーに合わない証拠を開示しない(≒隠す)のも,当たり前のように行われてます。
 供述や証言だってフロッピーディスクと同じ証拠です。
 今回と同じように,ストーリーにこじつける調書が作成されてたら,正さないといけません。
 というか,裁判官も,弁護士もそうですが,自分の描いたストーリーに沿ってモノを考える癖があります。
 自分の頭の中のストーリーにこじつける法曹の悪癖を一掃しない限り,法律実務家には,「異例だ」という資格はないと思います(なお,ちゃんと謙虚にやっている法曹人の方が多数です。誤解なきよう,念のため。)



 「検察講義案」という,検察官の教科書があります。
 司法研修所で,法曹三者は,みんな勉強をするのです。

 そこには「検察官の心構え」という項があり,こんなことが書いてあります。

 検察官は,国民の常識にかなう適正妥当な検察権行使により,国民が納得する良識ある検察を実現しなければならない。(中略)
 そのためには,検察官は,私行上,他から避難を招くことのないよう,言動を慎むことはもとより,常に,志を高く持ち,視野を広め,識見を高めて自己研さんに努めなければならない。そして,検察官は,国民の素朴な正義感や健全な国民感情を正しくつかみ,国民から厚い信頼を得られるよう,絶えず努力し,かつ,謙虚に反省しなければならない。


 あたりまえのことばかりかも知れませんが,国民の信頼や納得というのが,一つの検察官のミッションなんでしょうね。

 特捜検事の行き過ぎは,「健全な国民感情を正しくつかみ」損ねちゃった,ということでしょうか。
 当時,報道でから騒ぎしてた官僚批判の雰囲気を,国民感情と軽信して,これをゲットしようと躍起になっちゃったんでしょうね。

 あくまでも,つかむべきは「健全な」国民感情でないといけません。
 ノリに流され,そこで検察の威信をゲットしようというのは,「検察官の心構え」にもとることでしょう。
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