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 検察審査会が小沢氏の強制起訴の議決に及んだのは,
     三権分立に対する国民のフラストレーション
の一つのあらわれですよね。


 検審の議決要旨は,

   検察官に対する及び腰な態度と,

   (政治の中枢にいる)小沢氏の説明の不合理性


を,厳し~く糾弾していますけれども,その最後の締めのところで

   「国民の責任において,公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけよう」

と,スパッと言い切っているところが,実に潔いです。

はい,「国民の責任において」,というところがキモです。



 三権分立は,上の図横浜市選挙管理委員会のHPより引用)のように権力を3分割して,お互いに牽制しあって,パワーのバランスを取りましょうという,近代国家の原理です。


 何のために三権分立をするかっていうと,
    国民の自由を確保し,
    民主主義を正常に機能させるため,
にほかなりません。


 ところが,日本の場合は,

    立法と行政が,ベッタリくっついて,抑制原理は,すっかり機能不全

    司法は,よくいえば「孤高」ですが,「司法消極主義」の名の下で,三権分立の一翼を担っているという意識は,ほとんど持ち合わせていない,

ものですから,結果として,国民の民主主義の発展に寄与していないんですよね。


 小沢さんが,立法府(=議論の場)を数の原理で押し切り,行政を迷走させ,司法を軽視するものだから,国民の目には,三権分立が,すっかりさび付いている感を与えたのだと思います。


 上の図のとおり,中心にいる国民が,三権それぞれに喝を入れる仕組みがあります。
 その一つが検察審査会です。
 国民の手で,三権分立をしっかり機能させよう,というのが,
      「国民の責任において,公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけよう」
ってことなんでしょう。


 だから,今回の検審の判断の矛先は,小沢さんだけではなく,私たち司法にも向けられているということですよ。
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