2000年10月6日午後1時30分に鳥取県西部地震が発生しました。
 今日で10年目を迎えます。

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 これは,そのときに壊れた時計だそうです。

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 それから,地震30分後の被災の中心だった日野町の「根雨」の駅前の写真です。

 鳥取の地震では,当時の片山善博知事(現総務大臣)が,地震で壊れた住宅に最大300万円の公費を投入する決断をして,災害復興史における大きなターニングポイントになりました。

 阪神大震災で,被災者がぐっとこらえた悔し涙が,嬉し涙に転じた機会でもありました。

 昨日(から今日にかけて),鳥取県でシンポがありました。
 行ってきたので,ちょっとだけ報告します。

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 まずは,被災の中心だった鳥取県日野町の日野小学校の小学6年生が,地震について調査したり,地震計を置いてきっちり測定しているなどの発表がありました。

 6年生といえば12歳。
 10年前はものごころもついていなかったはず。
 なのに,しっかり地震に向き合っていました。
 さすが,鳥取県!
 今でも,私たちの1歩も2歩も先に行っています。

 その後,被災地交流集会と題して,車座トークがありました。
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 私も発言をしました。
 「被災者生活再建支援法」などと銘打っているけれども,
 今の法律は,「被災住宅再建支援法」に過ぎないのであって,
 真の「生活再建」の支援法になっていない!
と指摘しました。
そうしましたら,能登半島地震の被災者の方が大きくうなずいていました。
 なんでも,能登では,住宅の半壊か全壊かの認定をめぐって,地域の人の絆に取り返しのつかないヒビが入ったとのこと。
 住宅再建の制度が,人の絆を壊すなどということは,あってはならないことです。

 鳥取地震における県の住宅再建補助制度は,地域コミュニティを守ることが目的でした。
 まだ,「被災者生活再建支援法」は,鳥取地震の域まで到達していない,ということでしょう。
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