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東日本大震災

 私の弁護士としての支援活動は,この葦名ゆき先生が投稿された文章からスタートしたいと思います。

 葦名先生は,以前,相馬ひまわり基金法律事務所に赴任されていた弁護士です。

 葦名先生の投稿は,被災から5日後の3月16日付けの福島民報に掲載され,元気と涙が伝わったそうです。

 かなりダイジェストされているようですので,原文をいただきました(葦名先生ありがとうございました。)。


「相馬、頑張れ、頑張れ、頑張れ。」

たった三日前のことなのに、世界が変わってしまいました。人生でこんなに「夢であってほしい」と思ったことはありません。


この3日間、相馬のことばかり考えて過ごしています。


観光地ではなかったけれど、私にとってあれほど美しい海はなかった。

忙しくて心が枯れそうになったとき、よく海辺にドライブに行って、ぼおっと海を眺めていたものです。
太陽の光を受けてキラキラ光る青い海、寄せて返す波の音、潮の香り、海辺で潮干狩りをして遊ぶ小さな子どもたちのきゃっきゃっと笑う声。


そして、市民の方々は、決して裕福ではなかったけれど、ささやかな毎日を一生懸命生きていました。
漁師さん同士の絆はとても強くて、都会にはない人情がありました。
大きなお祭り相馬野馬追では、市民が、観光客そっちのけで戦国武将になりきって熱中していることに驚き、本当のお祭りが生きていることを実感しました。


親切で人なつこくて、気っぷが良い性の人が多くて、冬になると、「御礼」とはみかみながら、漁師さんが受付に蟹を山積みにされていったり、遅くまで灯りがついていると、「先生の身体が壊れちゃう」といって夕食を差し入れて下さったりしました。


相馬にゆかりのある栃東関が勝つと、花火が鳴り響き、依頼者の方と「今場所は花火が多いね」とわくわく待っていたら、まさかの優勝。

凱旋した栃東関を迎えた相馬市体育館が、今は、家を失った人の避難場所になっています。


住めば住むほど好きになるこの土地に、法の支配を確立したい、と本気で思っていたけれど、津波が法の支配の大前提である大事な命と穏やかな毎日を根こそぎ流していきました。


あの海とあの海に生活の糧を得て一生懸命生きていた人たちの笑顔が失われてしまったことを受け入れられません。


私が悲しんでいても仕方がないことは良く分かっています。

それに私よりももっともっと百万倍億万倍ももつらいのが、実際に苦しんでいる人たちであることも痛いほど分かっています。
何もかも失い、未来を描けない。


弁護士は絶望の淵にいる人に希望を語る仕事だけれど、この絶望の深さは、なくなってしまった美しい海よりも深い。

何一つ被害を受けていない私だからこそ支援できる方法があるはずだと心を切り替えなくてはいけません。

この状況下で、弁護士として、個人としてできることを全力で考えていきます。


復興を心から祈っています。

相馬、頑張れ、頑張れ、頑張れ。

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