上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 9月9日のNHKスペシャル(下の写真のとおり)で復興予算19兆円の使い道について追跡報道があってから,糾弾的な報道が過熱して,議論があらぬ方向に向かいつつあります。

 被災地と関係ない支出がケシカランという論調が目立ちますが,そんなことは最初から分かっていたことです。
阪神・淡路大震災でも,16兆円のうち23%が復興と無関係の支出でした。みなさん,知らないだろうか?)

 むしろ,大事なことは,被災地に必要なお金が届いていないことです!

 fukkoyosan.jpg

( ↑ 仕分け人をしているのは,われらが塩崎賢明先生です! ↑ )
 
 本日,日弁連の会長声明が出されました。(→こちら

 そのタイトルは,
    被災者本位の復興予算配分を求める会長声明
です。

 言いたいことは3つ。

   1 被災者のために予算を使おう

   2 子ども被災者支援法の施策に予算を付けよう

   3 公共事業よりも,生活再建にお金を出そう



 ただ,会長声明の内容を検討しているうちに,いろいろ状況が変わりました。

 そこで「復興予算に見る被災者主権」という小文を書きました。

 ちょっと難しいかも知れませんが,以下に掲載をしておきます。
復興予算に見る被災者主権

 政府は,2011年7月29日に策定した『東日本大震災からの復興の基本方針』基づき,「集中復興期間」と位置付けられる当初5年間に要する復興予算を約19兆円と見積もった。
 そして,同年度1次ないし3次補正予算と2012年度当初予算で計18兆円を計上した。
 ところが,これら復興予算の多くが,被災地の復興との関係が疑われるような事業に便乗的に支出されている。

 一例を挙げると,被災地以外の地域の企業に対する国内立地推進事業費補助金(経産省),被災地以外の国税庁舎の耐震改修費(財務省),被災地外の公共事業や施設改修費(国交省),反捕鯨団体シー・シェパードへの対策費(農水省),海外の青少年交流事業費(外務省),東京の国立競技場の補修費用(文科省),もんじゅを運営する原子力機構の核融合エネルギー研究費(文科省),武器車両等整備費(防衛省),刑務所での職業訓練費(法務省)等々である。

 確かに,これら被災地の復興とはかけ離れた数々の事業への支出は,素直な市民感覚に照らして見ても疑問視せざるを得ないし,復興予算の主な財源が今後25年間にわたる増税であることからすれば国民が憤るのはもっともである。
 過熱する批判報道がこれに拍車を掛けている。

 現在,国会では,衆・参両議院の決算行政監視委員会や行政刷新会議等で予算の仕分け等も含めた検討が行われつつあるが,こうした動きが出るのは当然であろう。
 しかし,議論の舞台が霞ヶ関や永田町ばかりで,そこに被災地や被災者の姿が見えないことがたいへん気に掛かっている。
 検証を行うにしても,被災者不在のままでは正当性は担保されないに違いない。
 復興予算を語るときには,リアリティを持った被災者目線が絶対条件である。
 被災地の市民代表等も含めた第三者機関を設置することが必要である。

 また,単なる検証にとどまらせてはならない。
 既に復興対策費が19兆円の大枠を突破することが確実な見通しである。
 疑問視される支出については,予算の執行停止や,一般予算への振替などを行って,本来の被災地向け予算をあらためて確保しておかなければならない。



 ところで,これら復興予算は正当な手続きを経て承認された適法なものであるし,復興予算を獲得した各省庁は,復興予算の使途を国民に公開してきた。
 少なくとも外形的・手続的には問題がないのである。
 この厳然たる事実に蓋をした議論は,冷静さを欠いた感情的な非難の応酬に終わり,新たな愚を生み出しかねない。

 法的観点からは,別の切り口での検討が必要である。

 今回の復興予算の法的根拠は,『東日本大震災復興基本法』の基本理念として明記された「単なる災害復旧にとどまらない活力ある日本の再生を視野に入れた抜本的な対策」(第2条1号)との文言である。
 ここに端的に象徴されているように,そもそも復興予算の根拠法は,「日本」という国全体の支出を指向していたのである。

 この法律の成立過程を振り返ってみよう。
 当初の法案は,『東日本大震災復興の基本方針及び組織に関する法律案』であったが,同法案の第1条は以下のようなものだった。

第1条 この法律は、東日本大震災が、その被害が甚大であり、かつ、その被災地域が広範にわたる等極めて大規模なものであるとともに、地震及び津波並びにこれらに伴う原子力発電施設の事故による複合的なものであるという点において未曽有の災害であることに鑑み、被災地域の復興についての基本理念を明らかにするとともに、東日本大震災復興対策本部の設置等を定めることにより、被災地域の復興を迅速に推進して被災地域の社会経済の再生及び生活の再建を図り、もって現在及び将来の世代にわたって国民経済を健全に発展させ、及び国民生活を向上させることに寄与することを目的とする。



 下線部分に明記されたとおり「被災地域の復興」や「被災地域の社会経済の再生及び生活の再建」を目的としていた。

 ところが,その後の三党協議の結果,法案は『東日本大震災復興基本法』と法案名を変え,文言は以下のとおりになった。

第1条 この法律は、東日本大震災が、その被害が甚大であり、かつ、その被災地域が広範にわたる等極めて大規模なものであるとともに、地震及び津波並びにこれらに伴う原子力発電施設の事故による複合的なものであるという点において我が国にとって未曽有の国難であることに鑑み、東日本大震災からの復興についての基本理念を定め、並びに現在及び将来の国民が安心して豊かな生活を営むことができる経済社会の実現に向けて、東日本大震災からの復興のための資金の確保、復興特別区域制度の整備その他の基本となる事項を定めるとともに、東日本大震災復興対策本部の設置及び復興庁の設置に関する基本方針を定めること等により、東日本大震災からの復興の円滑かつ迅速な推進と活力ある日本の再生を図ることを目的とする。



 文言からは「被災地」という文字が消えた。その代わりに「国難」,「国民の豊かな生活」,「日本の再生」という国全体の経済再生を指向する文言に置き換えられた。
 各省庁は,この文言どおりに事業を策定し,予算要求した。
 その結果が,今回の問題である。

 日弁連は,2011年5月20日付け『東日本大震災復興の基本方針及び組織に関する法律案に対する意見書』や,同年8月19日付け『東日本大震災復興構想会議の提言に対する意見書』を発出し,小生も5月16日付け『被災者が主人公となる復興基本法を』(日本災害復興学会・1049文字の提言)等をまとめ,復興の主体が被災者であるという視点を中心に据えて,そもそも法案に「被災者」が明記されていない不条理を訴え,被災地中心・被災者本位を主張し,復興施策について日本経済再生の観点を強調すべきでないことを繰り返し提言してきた。

 「被災者のために」という視点の欠落が,こうした形で弊害となってあらわれたことに深い遺憾の念を禁じ得ない。
 あらためて,基本法の役割の重要性を思い知るところとなった。



 何よりも重要な問題は,本来,被災地に投入されるべき復興予算が行き届いていないという事態である。

 たとえば,中小企業庁が所管する「中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業」(津波や原発事故で被害を受けた商店街や漁港等のグループに対し,施設・設備の再建・修理費用を補助するもの)は,ニーズを過少評価したことから予算不足に陥り,第1~4次の募集では県によって8~9割が却下され,第5次の募集でも6割超の申請が却下された。

 まさに被災者の自主的な復興の芽を摘む深刻な結果となっている。

 被災地の実情を把握できていない国はもちろんのこと,被災者の声を反映する立場にありながら需要を読み切れなかった被災県の対応も,被災者に真摯に向き合ってきたと言えるのかどうか猛省されなければならない。

 この例からも明らかなとおり,今回の復興予算問題は,被災者を主体とする施策が行われなかったところに主たる原因がある。
 すなわち,復興における被災者主権の見地からすれば,復興予算に対する被災者の民主的コントロールが欠如していたことを示しているのである。

 今,最も重視されるべきことは,復興予算に被災者の声を反映させることである。
 すなわち,便乗支出への批判に終始して予算を削ることよりも,被災者に必要な予算を届けることである。
 もし,復興予算問題への過剰反応によって財務省や復興庁が過度に予算編成を硬直化させ,被災者が求める予算まで縮小されることになれば,本末転倒そのものである。
 逆方向にブレる反動化を防ぐためには,やはり被災者の声が欠かせない。

 この被災者本位の復興予算の再配分の作業は,「削る仕分け」から「付ける仕分け」への発想の転換と,「国主導」から「被災者主導」への役割の転換を意味している。



 以上の観点から,小生は,復興予算の見直しの取り組みに当たって,以下の4点を強調しておきたい。


(1)第1に,国は,被災者の声を直接に聞き,被災地のニーズを集約する仕組みを設けるべきである。

 被災地の復興の主体は,国でも,被災自治体でもなく,あくまで一人ひとりの被災者である。
 被災者のニーズに直結した支出が仕組めればよいのである。
 政府の『東日本大震災からの復興の基本方針』には「東日本大震災復興対策本部は,毎年度,本方針の実施状況のフォローアップを行い,その結果を公表する。
 また、その公表結果について、被災者及び被災した地方公共団体の意見を聴取する」と明記されている。
 この聴取の仕組みが設定されていない。
 平時からの重要な政策課題である「予算の民主化」を実現するため,復興予算においても被災者の声を反映させる仕組みが欠かせない。


(2)第2に,『東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律』(通称;原発事故子ども・被災者支援法)の具体的施策を盛り込んだ基本方針の策定にあたって,十分な予算措置が講じられるようにするべきである。

 原発事故子ども・被災者支援法は議員立法であるが,市民の声が集まってできた市民立法である。
 ところが,閣法でないため予算が措置されておらず,未だ本格的に始動していない。
 被災者主権の見地からすれば,こうした市民立法の法律の実施にこそ復興予算が投じられるべきである。
 現在,被災者のニーズの集約過程にあるが,提案されている施策はどれも切実な被災者の訴えに基づくものであるから,予算不足を理由に排斥されることのないよう,予め手当てをしておくべきである。


(3)第3に,今後は,被災者の生活再建に直接に結びつく事業に対する復興予算の投入を重視するべきである。

 被災地の復興が遅々として進まない原因は,被災者の生活再建が進んでいないところある。
 『東日本大震災からの復興の基本方針』でも,住民ニーズの把握,被災ローン減免制度(個人版私的整理ガイドライン)の運用支援,雇用支援,必要に応じたパーソナルサポート的な支援の導入など,被災者の生活再建に直接結び付く施策を講じることとされているが,復興予算の大部分は公的事業を対象としており,これら被災者への直接支援は極めて手薄である。
 被災者に対する直接的な法的支援となる日本司法支援センターの事業についても,阪神・淡路大震災における法律扶助事業と比べて有力な支援メニューは乏しく,むしろ支援は後退している。
 被災者生活再建支援法に基づく支援の拡充も放置されたままである。
 被災者本位の復興予算とするべく,改めて被災者の生活再建に直結したニーズを洗い出し,当該ニーズに即した事業への支出を行うべきである。


(4)第4に,今回の問題の法的根拠となった『東日本大震災復興基本法』の改正を含めた,復興の法理念の確立である。

 関西学院大学復興制度研究所は,平成22年1月に恒久的な復興理念法として『災害復興基本法案』を提唱した。
 そこでは,「復興の目的は,自然災害によって失ったものを再生するにとどまらず,人間の尊厳と生存基盤を確保し,被災地の社会機能を再生,活性化させるところにある」(第1条)と明記し,復興の目的を被災地に限定している。
 阪神・淡路大震災でも,復興費用16.3兆円の約23%が復興以外の用途に流用されたことが明らかとなった。
 同じ愚を繰り返さぬよう,基本的な法理念をあらかじめ確立しておく必要がある。
 東日本大震災の復興のはまだまだ先の長い道のりであるから,今回の教訓を反映させて復興予算の目的を限定する『東日本大震災復興基本法』の改正を急ぐことは当然として,予算の民主化を含む被災者主権を明記した『災害復興基本法』の制定が望まれる。
                                           以上
Secret

TrackBackURL
→http://tukui.blog55.fc2.com/tb.php/913-65a37eca
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。