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「被災者支援システム」というのがある。
自治体のための,被災者情報に関する情報データベースシステムのことである。

総務省のお墨付きで,公表され,無償で配布されている。
(財団法人地方自治情報センターのHPから入手できる⇒こちら

このシステムを開発し,阪神淡路大震災でこれを活用し,普及に努めている
吉田稔さん(西宮市情報センター長,被災者支援システム全国サポートセンター長)
のお話を聴いた。
(参考対談は⇒こちら
(⇒総括レポートはこちら

システムそのものは,非常に優れたもので,
単なる情報データベースだけでなく,
GISの地図情報や,福祉情報とのリンクが可能で,
り災証明の発行や,統計処理,災害時要援護者対策にも役立つ。

6年前の台風16号で,塩瀬地区で河川氾濫による3m浸水時にも,このシステムが有効活用され,
一人の死者も出さなかった,という実績がある由。


吉田さんのお話は,非常に分かりやすくて明快だった。

この類の,災害システムは,大学や,公私の研究機関,企業なども考えているようで,類似のシステムもあるようだ。
しかし,そういうところの説明は,ごちゃごちゃしてたりして,なんだかよく分からないことが多い。
これに対して,吉田さんの話は圧倒的に分かりやすかった。


それはなぜか。

「人の命を救うためのシステムだ」という強い理念で,一本の太いスジを通して,現場目線の開発に取り組んでいるからだ。


類似システムを引き合いに出すと,
  “専門家のためのシステム”
  “情報管理のためのシステム”
  “システムのためのシステム”
というのが,対極概念だろうか。

 システムを作ること自体が自己目的化すると,システムも分かりにくくなるし,話も専門的で難しくて分からなくなる。


 吉田さんの話は,“「人の命」のために「情報」がある”という強い確信が,太い柱のように貫かれているから分かりやすいのだろう。


ちょっとずれるかもしれないけれど・・・

裁判所のことを「法の番人」というが,
 “法律家のための法解釈”
 “法秩序のための判断”
 “法律を守るための裁判”
というのがダメなのと似てるような気がした。

 「人のために法がある」という発想で法律を考えないといかんなあと思った。
2011.01.21 震災障害者
震災障害者の問題について取り組んでいます。

1月8日に関西学院大学の研究発表で報告したものをアップしておきます。
 震災で後遺症を負い,障がい者となった人を
   震災障がい者
と呼ぶようになったが,その言葉が知られるようになってから,まだ1年も経っていない。


 今週末に,日本災害復興学会の大会が,神戸大学で開かれる。
 (詳しくは→こちら
sinnsaisyogai.jpg

 メインのシンポのテーマは,
   「震災15年 残された課題 震災障がい者」と銘打つ。

 しかし,この言い方は,必ずしも正確ではない。

 震災障がい者の方々の問題については,
   「課題が残されていた」
のではなくって,
   「忘れていたがゆえに課題になってしまった」
ということである。

 身体や心に傷を負い,苦しみながら15年間過ごしてきた方々の抱える問題は重く,
 これを,15年もの間,何もせずに放置をしてきた私たち社会の責任も重い。

 
 兵庫県や,神戸市は,今年度からこの問題に取り組み始めた。
 ようやく,今から,実態調査が始まるのである。

 今朝の神戸新聞の1面トップも,自治体による震災障がい者の調査対象が,身体の障がいだけでなく,精神や知力の障がいも含めることになったという記事だ。
 今の感覚だと当たり前のことだが,当時は,これを忘れていたのだ。

 「愛」の反対語は「無関心」(マザーテレサ)
 「支援」の反対語は「忘却」なのかも知れない。


 関西学院災害復興制度研究所の法制度部会でも,本年度から,この問題に取り組み始めた。
 週末のシンポの場でも,今後の研究の決意について,発言をさせていただく予定だ。


 なお,この問題が,国レベルでも真摯に取り組むこととされたきっかけがある。
 平成22年3月29日の参議院の災害対策特別委員会の議論である。
 以下,一部抜粋して,引用させていただく。
      ↓
 2000年10月6日午後1時30分に鳥取県西部地震が発生しました。
 今日で10年目を迎えます。

IMAGE_476-2.jpg
 これは,そのときに壊れた時計だそうです。

IMAGE_475-2.jpg
 それから,地震30分後の被災の中心だった日野町の「根雨」の駅前の写真です。

 鳥取の地震では,当時の片山善博知事(現総務大臣)が,地震で壊れた住宅に最大300万円の公費を投入する決断をして,災害復興史における大きなターニングポイントになりました。

 阪神大震災で,被災者がぐっとこらえた悔し涙が,嬉し涙に転じた機会でもありました。

 昨日(から今日にかけて),鳥取県でシンポがありました。
 行ってきたので,ちょっとだけ報告します。

IMAGE_473-2.jpg

 まずは,被災の中心だった鳥取県日野町の日野小学校の小学6年生が,地震について調査したり,地震計を置いてきっちり測定しているなどの発表がありました。

 6年生といえば12歳。
 10年前はものごころもついていなかったはず。
 なのに,しっかり地震に向き合っていました。
 さすが,鳥取県!
 今でも,私たちの1歩も2歩も先に行っています。

 その後,被災地交流集会と題して,車座トークがありました。
IMAGE_474-2.jpg

 私も発言をしました。
 「被災者生活再建支援法」などと銘打っているけれども,
 今の法律は,「被災住宅再建支援法」に過ぎないのであって,
 真の「生活再建」の支援法になっていない!
と指摘しました。
そうしましたら,能登半島地震の被災者の方が大きくうなずいていました。
 なんでも,能登では,住宅の半壊か全壊かの認定をめぐって,地域の人の絆に取り返しのつかないヒビが入ったとのこと。
 住宅再建の制度が,人の絆を壊すなどということは,あってはならないことです。

 鳥取地震における県の住宅再建補助制度は,地域コミュニティを守ることが目的でした。
 まだ,「被災者生活再建支援法」は,鳥取地震の域まで到達していない,ということでしょう。
 2010年10月2日,村井雅清さんが満60歳になった。

 村井さんは,

   阪神大震災を契機に生まれた『被災地NGO恊働センター』の代表であり,

   世界中で活躍する『CODE海外災害援助市民センター』の事務局長である。


 この日,村井さんの還暦講演会があった。

murai2.jpg murai1.jpg

 講演の内容は,後日,書籍化されるということなので,乞うご期待である。



 村井さんについて,3点だけ語ろう。

 実践知
  理屈や能書きじゃない。
  まずは現場,そして実践。
  しかも,自分の目線ではない。
  相手の立場に立って行動し,そして考える。
  そうすると,本当の「知」が得られる。
  だから,村井さんのお話は常に具体的だし,とても知性にあふれている。


 “不良”ボランティア
  「不良」というのは,必ずしもワルのことではない。
  不良とは,既存の因習やルールに縛られないこと。
  平時のルールは,災害時や緊急事態が起きると,たちまち不条理に変わってしまう。
  為政者に都合の良い治安化ルールは,弱者にとっては,単に苦痛を強いる縛りに過ぎない。
  災害時のボランティアには「やさしいこころ」が大切だ。
  それさえあれば何も躊躇することはない。
  「なんでもありや」というのは,村井語録の一つだが,不良ボランティアの金言だ。


 最後のひとりまで
  個人の尊重を何よりも大切にしようとする考え方だ。
  言うは易く行うは難きことゆえ,“理想論だ”と一蹴する向きもある。
  しかし,この世の中で,“現実に”それをやっている。
  震災をきっかけに生まれた「足湯隊」の真骨頂は,一人ひとりの「つぶやき」を拾い集めること。
  「最後のひとりまで」は, ボランティア活動の核心である。
  それは,近代社会が行き着いた実践知でもあり,日本国憲法13条の精神でもある。




 今,私が少々ボランティア的な活動に足を突っ込んでいるとしたら,その師の一人は村井さんにほかならない。

(どうでもいいことですが,2010年10月2日というのは,上から読んでも,下から読んでも「2010102」という回文DAYでした。)
 神戸の被災者は,4度目の流浪の憂き目に遭うかも知れない。

  ・自宅を被災で失い(1度目),
  ・長く生活した避難所から立ち退き(2度目),
  ・数年経って仮設住宅から追い出され(3度目),
  ・復興公営住宅に入ったものの,ここも終の棲家ではなかった(4度目)
ということなのである。

 神戸市が「第2次市営住宅マネジメント計画」を策定している。

 簡単に言うと,
      神戸市の会計の健全化のため市営住宅を減らしていく(統廃合)
ということである。

 お金がないのはよく分かる。
 だけれども,一つの槍玉に挙がっている「借り上げ住宅」を無くしてしまうのは,実にもったいない。

 「公営住宅」というと,市営住宅を思い出すかも知れないが,
 震災の時には,民間等の住宅を市が「借り上げ」して,市営住宅として提供する
 という仕組みが作られて,復興にたいへん寄与したのである。

 公営住宅法も次のとおり被災者向けに改正されて,
   1 市にとっては建築費が浮く
   2 所有者にとっては(市からの)安定家賃が期待できる
   3 住人にとっては,安価で良質の住宅に住める

ということで,一石三鳥の大岡さばき並みの,ウルトラCだったのだ。

公営住宅法 第23条 1項2号ロ
 公営住宅が(中略)激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律第22条第1項の規定による国の補助に係るもの(中略)において事業主体が災害により滅失した住宅に居住していた低額所得者に転貸するため借り上げるものである場合 → 災害により滅失した住宅に居住していた低額所得者の居住の安定を図るため必要なものとして政令で定める金額以下で事業主体が条例で定める金額


 公営住宅法は,

第1条  この法律は、国及び地方公共団体が協力して、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を整備し、これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸し、又は転貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とする。


と定めている。
 まさに,憲法25条を具体化して,居住の自由(憲法22条)を実質的に保障するものだ。

 平成18年に新設された「住生活基本法」でも,

第6条  住生活の安定の確保及び向上の促進に関する施策の推進は、住宅が国民の健康で文化的な生活にとって不可欠な基盤であることにかんがみ、低額所得者、被災者、高齢者、子どもを育成する家庭その他住宅の確保に特に配慮を要する者の居住の安定の確保が図られることを旨として、行われなければならない。


としている。

 神戸市としては,
   ●最近の政府の方針で,間もなくヒモ付きの補助金が廃止され,
   ●地方に対する国の資金援助が,一括交付金という形になるため,
   ●公営住宅(という,儲からない事業)の負担を軽減し,
   ●もっと有益(儲かる)事業にお金を使いたい
という時代を先読みした考えなのだろうけれども,どうなのだろうか。

 いつまで経っても,終の棲家を得ることのできない被災者の方々のやりきれない心情を想像すると,なんともしっくり来ない話である。

(ちなみに,同じように借上公営住宅を抱えている「兵庫県」は,神戸市ほど徹底した合理化を考えておらず,まずは被災者住民にアンケートを取るなどして,ソフトランディングを考えているとのこと。)
 日弁連で出した「宮崎県口蹄疫終息後の復興に関する会長談話」を紹介します。

 この談話の起案を担当しました。

 ポイントは3点です。

 一つ目は,
   「どうしてこれほど深刻な大規模感染になったのか,しっかり検証できるようにせよ」
ということです。
 検証チームもあるのですが,強制的な調査権限がありません。
 良心的な地元畜産業者の方々こそが,「もっと徹底して調査してくれ」と言っておられます。

 2つ目は,
   「時代に合った法律に直せ」
ということです。
 今の家畜伝染病予防法は,昔ながらの零細畜産を前提にした法律です。
 なので,結局は「自己責任」で済ませるスキームです。
 産業育成・経済発展という公的な視点を言うなら,それに見合った法の仕組みにしないと。

 3つ目は,
   「復興には強さ(=お金)と優しさ(=人権)を忘れるな」
ということです。
 阪神大震災の時にも,「復旧」で終わってしまい,「復興」は忘れ去れてました。
 地元の人たちにとって,たいへんなのは,これからです。
 力強くエールを送ろうということです。

 以下の談話(→日弁連のHPはこちら)は,比較的スムーズに日弁連の理事会も通りました。
(日弁連理事会での説明には,ついつい力が入り過ぎ,議長の宇都宮会長から,ストップをかけられてしまいました。話が長いのは,私の悪癖です。)

宮崎県口蹄疫終息後の復興に関する会長談話

宮崎県で2010年(平成22年)4月20日に発症が確認された家畜伝染病「口蹄疫」は、宮崎県が同年8月27日に終息を宣言し、4か月余を経てようやく区切りを迎えた。口蹄疫の被害は未曾有の規模に及び、牛・豚等の家畜約29万頭が殺処分され、5町で家畜が全滅し、畜産業者だけでなく関連業種をはじめ地域のあらゆる産業が大きな打撃を受けた。また、移動搬出制限やイベントの自粛など市民生活にも深刻な影響が及び、宮崎県の推計によれば経済損失額は約2350億円に上る見込みである。

今後、復興に向けて本格的な取り組みが行われるが、残された課題は少なくない。

例えば、口蹄疫ウイルスの感染ルートは未だに解明されていないことが挙げられる。徹底した原因の解明は、安心・安全の根底を支えるだけでなく、今後の再発防止を図るうえでも不可欠である。現在、農林水産省の口蹄疫疫学調査チームが調査を進めているものの、調査権限の限界が調査の障害になっているとの指摘もあり、そうであるならば、その検証が必要である。

様々な不備が指摘された初動の防疫体制についても、根本的な改善措置は今後の重要課題である。1951年5月31日発令の家畜伝染病予防法が現代の大規模家畜産業の実情に適合していないとの指摘もあり、同法の改正や、口蹄疫対策特別措置法の恒久法化などの検討も必要である。

畜産業及び関連産業の復興はもとより、地元の事業者、労働者、市民の支援も重要であり、具体的な支援策の検討は緒についたばかりである。風評被害や肉牛等の取引における差別的な扱い、関係者の心のケアなど口蹄疫に端を発した二次的な被害も現に見受けられ、人権保障の観点から復興施策を後押ししていく必要がある。

当連合会は、2010年(平成22年)8月19日、宮崎県口蹄疫災害対策本部を設置し、宮崎県弁護士会の宮崎県口蹄疫被害対策本部、九州弁護士会連合会の支援統括本部とともに、今後の地元の復興について全力で支援することとした。現地の方々の復興活動に心よりエールを送るとともに、事実の解明、防疫体制の構築、効果的な支援等を図るために必要な法制度の検討、提言等を行う所存である。


2010年(平成22年)9月15日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児
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日本災害復興学会は,単なる学会ではありません。

「頭」だけでなく,「足」と「心」を総動員するところに特徴があります。


災害が起きると,現地に乗り込んで支援活動も行います。

その実働部隊が,「復興支援委員会」です。


そのメンバーの方々が中心となって,今回,ガイドブックを作りました。

「被災したときに ~ 生活再建の手引き」

ほんの12頁の冊子ですが,お役立ち品だと思ったので,紹介します。


具体的には,災害が起きた後,どんなふうに進んでいくか,どの段階でどんな注意をしたらよいのか,参考になる支援内容等を簡単にまとめています。

 被災してから
   ↓
 避難所へ
   ↓
 避難所で
   ↓
 自宅が心配
   ↓
 り災証明ってなに?
   ↓
 応急仮設住宅へ

という構成になっています。

今後の災害の被災地の方々に役立てば・・・・と思います。
 9月4日に愛媛県松山市で,
   日弁連 第5回 災害復興に関する全国協議会
が開催された。

  災害発生時に
  弁護士に何ができるか
  弁護士は何をすべきか
というテーマで,全国から弁護士が集まって,あれこれ協議するわけだが,
何と,もう5年目を迎えたのである。
 マイナーな分野であるが,コツコツやるのも大事なことで,継続は力なりである。
  
 今年は,愛媛大学防災情報研究センターの鳥居謙一先生から,
 四国における災害と,BCP(事業継続計画)の極意についてお話をいただいた。

 面白かったのは,
 「四国防災八十八話」
である。(→こちら)
88kasyo.jpg

 「八十八話」というのは,もちろん,
 四国のお遍路さんが,四国にある88か所の弘法大師ゆかりの札所を回る四国八十八箇所にちなんだネーミングだが,
 防災に関する88のお話を,
 紙芝居や,絵本にしているのである。

 実話が中心なので,とても勉強にもなる。
 四国では,NHKで番組化されていたそうだ。

 特にオモシロイと思ったのは73話「土下座の説得」。
 平成16年9月の台風21号で,
 崖崩れが予想される地域で避難勧告が発令されたのに,
 ワシの家はワシが守るといってテコでも動かなかった老人に,
 土下座で説得して避難させたところ,
 その後,その家が土石流に飲み込まれたという話。

 ありそうだよな~と思った。
 耐震基準を満たしていない家に住み続けている「アナタ」も,実は同じです。

 ところで,今回の松山開催で何から何までご尽力をいただいたのは,愛媛弁護士会
    野垣康之先生
である。

 野垣先生は,愛媛では消費者問題の第一人者であるが,
 実は,兵庫県弁護士会にいたときに被災経験をした被災者弁護士だ。
 あと数時間ずれていたら,阪急伊丹駅舎の下敷きになっていたとのこと。
 
 九死に一生を得た命をフル活用されようとしているためか,
 災害時の法律について,いくつかの解説書も執筆され,
 今日も,明日も,様々な分野で黙々とご活躍中である。

 野垣先生はじめ,ご家族・事務局の方々どうもありがとうございました。
 9月1日といえば防災の日。
 関東大震災(死者・行方不明者14万2800人)が発生した1923年9月1日を忘れない,ということで設けられた重要な日です。

 ですが,9月1日って,関東大震災だけでなく,いろんなことが起きた日なのですよね。

 近いところから言うと,昨年の9月1日は,福田首相が突然の辞任表明。
 あれから1年経ったんですね。
 この大災害は,1年経って自公政権に被害を現実化させたってところでしょうか。

IMAGE_162.jpg 自然災害としては,浅間山噴火もこの日に多いようで。
 えらい昔ですが1783年の噴火も,近いところで2004年の噴火も9月1日。
 なにか自然の摂理というか,えもいわれぬ周期があるのでしょうか。

 事故としては,2001年の歌舞伎町ビル火災事故(死亡者44人)が9月1日でした。
 防災訓練を行うべきこの日に,これを怠ったために大惨事が起きたわけで,
 消防体制の不備はもとより,消防法制の不備も問われました。
 この事故を契機に,消防法は大改正されています。
 直接原因は放火と思われますが,未だに真相は不明です。
 (→9月1日は「防火安全の日」)

 平和の面でも重要な日です。
 第2次世界大戦の開戦日は,諸説ありますが,
 ドイツがポーランドに侵攻したのが1939年9月1日。
 この日が,第二次世界大戦の口火を切った日となります。
 リメンバーWorld War II ! (→9月1日は「アンチ戦争の日」)

 こうしてみると,9月1日は,マイナスの出来事が多い日のように思えます。

 しかしながら,今朝の天気は快晴で,空は青く澄み渡っています。
 (写真は,うちの事務所からみる六甲山系と,今朝の青空です。)
 あれこれと悲しい出来事が起こったその日も,空は青く晴れていたのかも知れません。

 さて,本日9月1日発足の消費者庁ですが,
 野田担当相は小選挙区落選の上,
 目玉の広告塔だった住田裕子先生も,消費者委員長を辞退する由。
 こちらについては,多難のきっかけではなく,本来の目的をしっかり果たしてもらいたいものです。
 先日,驚いたというか,とてもがっかりしたニュースに接した。
 兵庫県が,佐用町や宍粟市などでの豪雨被害で浸水被害を受けた家屋に対し、被災者生活再建支援法や,災害共済制度以外の公的支援を見送る方針を固めた,というニュースである。

 朝日新聞の記者さんからの情報だったが
   被災者を救済する制度を作ったために,かえって救われない人が増える
 というのは,まさに本末転倒だと思った。
(その記事の内容は→こちら。末尾に引用します。)

 具体的に言うと,被災者生活再建支援法では,
    全壊・大規模半壊   → 支給あり
    半壊・一部損壊     → 支給無し
と二分されているが,
平成16年の台風23号被害のときには,この制度の穴を埋めるために,県の独自制度として,半壊・一部損壊の家屋にも,給付金を出していた。

 ところが,今回の災害には,このような手当をしないというのである。
 なぜかというと,平成17年に「住宅再建共済制度(フェニックス共済)」創設し、従来の災害支援制度を廃止したからだということだ。

 共済制度に加入していない場合は,あくまで自己責任・自力再建だということである。
 これでは被災者の方々が救われない。

 しかし,兵庫県は,即座に対応を改めることとした。
 (本日配信の神戸新聞の記事 →こちら 末尾に引用します。)

 半壊家屋や,一部損壊家屋にも,独自の支援策を講じるということだ。
 私は,この兵庫県の善処について,とても勇気ある方針転換だと感じる。
 兵庫県の独自支援策が,さらに,現地の被害実情に応じたものとなることを期待したい。
 朝日新聞の東日本版(北海道~静岡)で,8月30日までの間,社会面で「私のマニフェスト」というコーナーがあるそうです。
 私は,兵庫住まいのため,その紙面を見ることは出来ませんが,先日,朝日新聞の大久保泰さんという記者の方が,東京から取材に来られました。
 災害復興について,あなたのマニフェストを!ということでした。

 大久保記者さんは気象庁付きが長く,私なんかより,よっぽど災害について知識・経験が豊富でらっしゃいましたが,それだけに話も合いました。

 民主党のマニフェストには,「危機管理庁の創設」という,アメリカのFEMA(アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁 Federal Emergency Management Agency of the United States、略称:FEMA)を想起させる項目が挙げられています。
 しかし,その目的は,「大規模災害に迅速に対応するため」とコメントされているだけで,
   災害復興
という視点が欠けています。

 私は不満です。
 
 やはり災害「復興」について,意識と志をもった政策が必要だと思います。

 朝日新聞8月15日の「私のマニフェスト」を引用します。
(※しかし,この写真は,なんか疲れ切ってて,いかにも風采が上がらない感じで,イマイチですねえ。まあ,モデルそのものがこんな感じなのですが・・・・)
 8月13日,兵庫県の青年会議所の呼び掛けで,兵庫県佐用町の被災地に,ボランティアに行ってきました。

 これまでも,被災地に弁護士会の視察や相談会で出向くことはありましたが,一般ボランティアで被災地入りしたのは,阪神・淡路大震災のとき以来のことでした。

 この日は,時おり強い雨が降り,台風9号の豪雨を体験した被災者の方々には,ちょっと不安な表情も見受けましたが,そんなことを言っておれない必死な状況で,泥の掻き出しや,家財やゴミの運び出しに従事しておられました。

 ごくわずかなボランティア作業でしたが,その合間に撮ってきた写真をいくつか紹介します。
          ↓

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 被災地に向かう川沿い道路が,崩れ落ちたままで,復旧作業もままなりません。

p0908131.jpg

 ボランティアセンターです。これまでの災害に比べると,ボランティアの数が少ないようです。是非,多くのボランティアの方々の被災地入りを!

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 まちは泥とゴミの山です。下水の混ざった泥からは強烈な異臭が。ゴミの山も前日までは大切な家財道具。被災者の方々は,途方に暮れてしまいますよね。

P8130067.jpgP8130070.jpg


 通りがかりのある呉服屋さんの家に入り,床に溜まった泥の掻き出しや,泥水を吸って超重量級となった畳の搬出をしました。
 しかし,悲しいかな,個人的には,40歳の衰えた身体能力のあまりのひ弱さに,愕然となりまして・・・・

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 全壊家屋の解体作業が始まっていました。
 これから被災者生活再建支援法の支援も始まりますが,家屋をどうやって再建するのかを考えると,とても悩ましい問題です。
  
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 壁が剥がれ落ちて,床が抜けてしまった家屋です。これから住家の被害認定が始まりますが,基準となるのは,平成16年の台風23号などの被害の際に発出された
   「浸水等による住宅被害の認定について」(平成16年10月28日付府政防第842号内閣府政策統括官(防災担当)通知 )
 になります(→こちら


 兵庫県下で,このように災害がたて続くのはなぜなのか・・・・
 いや,日本全国でどこで起きてもおかしくないということを思えば,やはり基本となる姿勢は,
    我が事として考える
ということなのでしょう。
 被災地の状況を五感で感じながら,あらためて災害に関する初心を肝に銘じたところです。
3月20日午後1時から神戸でシンポを開きます。

テーマは,
  急がれる復興制度の備え
    -未曾有の不況と現代の災害-

です。
isoragareru.jpg


 メインは,新潟県知事の泉田裕彦さんの記念講演です。

 童謡サロンでご活躍の深川和美さんのミニライブも楽しみです。

 ちなみに,私もパネリストの一人として参加します。

どうぞご参加下さい。

 「罹災都市借地借家臨時処理法」(りさいとし しゃくちしゃくや りんじしょりほう)という法律があります。
 (魔法の呪文みたいなワケのワカラン名前なので,略して「罹災法(りさいほう)」といいます。)

 罹災法は,災害に遭った被災地における借地契約や借家契約に関する特別法です。

 現在,日弁連では,罹災法の改正に関して検討をしています。

 このことが,本日の神戸新聞の一面記事にニュースで出ていました。
(→末尾に引用しました。)

 罹災法に関しては,私も,関西学院大学復興研究所の方に『災害復興理念を生かした罹災法のあり方』と題する論文を提出しています。
 しかし,この論文を載せた紀要が発行され,公表されるのは,今年4月以降の見通しとのことで,かなり先になりそうですので,ここに要約だけ掲載しておきます。

災害復興理念を生かした罹災法のあり方

【要約】
 罹災都市借地借家臨時処理法は、被災地の借地借家関係の処理にかかわる特別法であり、復興のあり方を考える上で重要な法制度であるが、もともと戦災復興を想定した法律であり、現代の都市の復興にそぐわない点も多く、以前から改正が叫ばれている。しかし、現在も改正されないまま放置されている。そこで、罹災法の趣旨である「早く元の場所に戻って暮らしを再建する」という復興思想を尊重しつつ、現代の復興理念にかなった改正の方向性を検討する。
 具体的には、優先借地権をはじめとする特殊な権利を廃止し、新たに仮設借地権を創設するとともに、既存の優先借家権を充実させ、この2本柱を軸として早期の復興を後押しする。そして、マンションや都市計画地区への適用除外を明記するとともに、隣接する借地借家法等との整合性を図り、司法手続(訴訟・非訴・調停)の調整規定も整備することによって、罹災法の制度を現代化する。そして、罹災法を単なる私法にとどめず、公の社会法的な役割も担わせることによって、災害復興の支援制度の一環に位置づける方向で改正の検討がなされるべきである。
>
 今日,1月17日は,奈良県橿原市で開催される

  地域防災フォーラム2009 in 奈良
  『大震災に備える』を考える


  ~ 奈良県における大震災を想定した被災者支援体制の構築に向けて ~


にパネラーとして参加します。

 一つのテーマは,災害時の,市民・行政・専門家による支援体制のあり方を考える,ということです。
 奈良県社会福祉士会が主催です。
 「社会福祉士」が中心になって,このような取り組みをすることに意義があると思います。

 兵庫県では,福祉の分野では社会福祉士と弁護士の連携が緊密になっていますが,防災や災害対策に関しては,社会福祉士との連携はイマイチです。

 やっぱり,被災であっても,災害を「振り返る」ということはできても,将来に「備える」というところは,欠けているんでしょうね。

【開催日時】 2009年1月17日(土)

 【会  場】 奈良県社会福祉総合センター6F ※近鉄 畝傍御陵前駅より徒歩3分

 ◆阪神・淡路大震災の記録映像を映写(大ホール)

 ◆黙祷(世界各地で災害の犠牲になられた方々へ)

 ◆主催者あいさつ:奈良県社会福祉士会 面谷宗良 会長

 ◆基調講演『大震災に備えるということ』
  山中茂樹 関西学院大学 教授 (災害復興制度研究所主任研究員)
  阪神・淡路大震災以降、日本国内だけでなく世界各地で大地震が頻発している状況や、その復旧や復興の現状と課題について。また、それらのことを参考に、近い将来発生すると言われる大地震に対し、様々な組織や個人がどのように『備える』ことができるか等について。

 ◆パネルディスカッション
 (1) (社)新潟県社会福祉士会 松山茂樹 会長
   2007年7月16日に発生した中越沖地震にかかわり、相談援助の専門職域団体として地震発生直後から現在に至るまで取り組んでこられたこと等について

 (2) 弁護士法人 芦屋西宮市民法律事務所 津久井 進 弁護士
   阪神・淡路大震災発生から14年が経過する現在まで、法律の専門家として
 その復旧や復興にどのように関わってこられたか等について

 (3) 奈良市東市地区 民生児童委員協議会 櫻木和雄 会長
 本年度、奈良市において民生児童委員による災害時要援護者の訪問調査が実施された。その時の現場の様子や、取り組みを通して感じられたこと等について

 (4) 奈良県 総務部 知事公室 防災統括室 松本恵史 室長補佐
   奈良県地震防災対策アクションプログラムについて

 (5) 奈良県 福祉部 福祉政策課 矢冨直樹 課長補佐(5分)
   奈良県における災害時要援護者支援対策について

 阪神・淡路大震災がきっかけで生まれた,素晴らしいNGOがあるので,今日は,ここで紹介をしておきます。

 CODE(Citizens towards Overseas Disaster Emergency)というのですが,直訳すると,
    「海外災害援助市民センター」
ということになります。

 阪神・淡路大震災で70カ国余りから援助を受けましたが,「困ったときはお互い様」の精神で,その後に世界で起きた約50の海外の災害に,「人」「知恵」「力」を送っています。

 昨年は,CODEは第15回読売国際協力賞を受賞したところです(なお,アフガニスタンで死亡した伊藤和也さんも特別賞を受賞しています。)。

 そのCODEの事務局長として,常に最前線で活動しているのが村井雅清さんです。

 村井雅清さんのボランティア論は,とても明快です。
物資を送ったり,何かをしてあげることが「支援」なのだろうか。
そうではなく,被災者が自ら自立していくこと,
それを後方から支え,自立を促していくことこそ「支援」だ。
というものです。

 自立を促すことこそ支援だ,ということです。

 確かに,「助け」が過剰だとかえって自立を阻害する,という話はよく聞きますが,じゃあ,どうやって支援するのでしょうか。
 単なる一般的なエンパワーメント(自立的な行動ができるように内発性を促していくこと)と同じ手法なのでしょうか。

 たとえばその一つは,「その地の文化や伝統を尊重すること」
というのがあります。

 山古志村で,牛の角突きを長年にわたって関わってきた方が,
「自分たちが伝統を守っていたと思っていたが,実は自分たちが伝統に守られていると気付いた」
と話したというエピソードがあります。

 自立のきっかけとなる「伝統や文化の気付き」というのを促すのは,こんなところにあらわれています。

 もう一つ付け加えると,
  「伝統的な建物が,実は,その地域の耐震性に見合ったもの」であり,「伝統や文化の気付きが防災にもつながる」
ということにもなるということも指摘しておられます。

 これは,実に深く示唆深い本質的な指摘です。
gaido.jpg 今年の震災の日を迎えるにあたって,新しい本をご紹介します。

 「兵庫県震災復興研究センター」
   &
 「世界と日本の災害復興ガイド編集委員会」
   &
 「塩崎賢明・西川榮一・出口俊一」編による新刊で,

 『世界と日本の災害復興ガイド』

が、本日,手元に届きました。

 手渡してくれた出口俊一さんによると,私の手元のコレが第一号だそうです。

 正式には,2009年1月17日初版発行です。
 (クリエイツかもがわ発行)

 さて,この本の内容のご紹介ですが,

 帯(腰巻)には、

災害多発時代
  復旧・復興に有用な情報満載!
  阪神・淡路大震災から一貫して災害復興のあり方を研究・提言しつづけてきた編者と、世界と日本の現場を歩いてきた専門家による復興のためのガイドブック!
  行政・学校・企業の防災担当者必携!


とあります。

 片山善博さん(慶應義塾大学教授・前鳥取県知事)
 白井文さん(兵庫県尼崎市長)
 泉田裕彦さん(新潟県知事)
の推薦もいただいています。


 ちなみに、私も,
   「被害認定と支援策」
     の項と、
   「現行の災害支援策一覧」
の部分を執筆させていただきました。

 そのほか約30人の大共同執筆の書籍です。

 どうぞ、1月17日には、手にとっていただきますようお願いします。
 今年も1月17日が近づいてきて,被災地では,様々な催しが目白押しです。

 私も所属している関西学院大学災害復興制度研究所では,今週末にフォーラムを開催予定です。

 今回のテーマは,
   『どう果たすか国際支援~国家・社会・文化の壁超えて』
ということで,災害に関する国際支援を取り上げます。

 企画の目玉の一つは,

 姜 尚中 先生 (東京大学大学院教授)

による特別講演で,演題は,

  海外支援~日本の役割

です。

 昨年は,四川大地震やミャンマー水害などの大災害が立て続き,つい最近もニューギニア地震が起きたばかりですから,時機を得たテーマだと思います。

 詳しくは,以下のチラシか,関学のホームページ(→こちら)をご覧下さい。
   
kanngaku2009sinnpo.jpg

◆2009年関西学院大学災害復興制度研究所フォーラム◆開催

2009年1月11、12日(日・祝)

◇テーマ「どう果たすか国際支援~国家・社会・文化の壁超えて」

・・・【11日】・・・

【被災地交流集会・復興デザイン研究会】(14:00~17:30)
 宮城・栗駒、新潟、能登、鳥取・日野、三宅島、神戸など被災地からゲストを迎える。
 会場:関西学院大学B号館104号教室

【懇親会】(18:00~20:00)
 会場:関西学院会館「風の間」

・・・【12日】・・・

 会場:関西学院会館レセプションホール
 時間:10:30~16:30

【プレセッション】(10:30 ~11:30)
 村井 雅清(CODE海外災害援助市民センター理事・事務局長)
 《聞き手》
 山中 茂樹(関西学院大学教授)

【特別講演】(13:30~14:30)
 演題:「海外支援~日本の役割」
 姜 尚中(東京大学大学院教授)

【シンポジウム】(14:30~16:30)
 《パネリスト》50音順
 加藤 孝明(東京大学大学院助教)
 斉藤 容子(国連地域開発センター防災計画兵庫事務所研究員)
 吉椿 雅道(CODE海外災害援助市民センタースタッフ)
 ラジブ ショウ(京都大学大学院准教授)
 《コーディネーター》
 室崎 益輝(関西学院大学教授)

■主催:関西学院大学災害復興制度研究所
 後援:朝日新聞社
 
 私が愛読している,神戸新聞の日曜一面に連載中の「兵庫人」(バックナンバーはこちらですが,丸2年目を迎え,今月からは,
  「被災地からの発信」
というテーマで,震災関係の「兵庫人」を取り上げています。

 第1回目は1月4日に,『学究たち』ということで,研究者の方々にスポットを当てています。
 しかし,ここで「研究者」と表現されていますが,どの先生方も,「実践」を伴う方々ばかりです。

 今回は,
石橋克彦(~地震学の専門家で,東海地震の予知,都市直下型地震の想定,原発耐震基準への警告等で知られる。)

塩崎賢明(~復興住宅政策の専門家で,「復興災害」の指摘や,「自力仮設住宅」の提唱などで知られる。)

立木茂雄(~生活再建の要素を整理して生活復興政策体系モデルをまとめたこと等で知られる。)

渥美公秀(~被災地の現場に直に入ってボランティアの役割やあり方などを問い続ける実践で知られる。)

矢守克也(~災害を疑似体験するカードゲームでリスク・コミュニケーションを学ぶ方法の開発などで知られる。)

福留邦洋(~地域の資源・特徴を生かした防災体制やまちづくりのあり方を提唱することなどで知られる。)

永松伸吾(~復興経済や公共政策のあり方や,被災地経済再生のための弁当プロジェクトの実践などで知られる。)

という顔ぶれですが,まさに「災害復興学」の第一人者で,弊ブログでも,このうち何名かの先生方の実践を紹介したこともあります。

 1月6日の産経新聞の兵庫版には,
   「ひょうご この人あり」
というよく似たテーマのコーナーがありますが,こちらには,
室崎益輝(~防災や災害復興に関する押しも押されぬ第一人者として知られる。)
が取り上げられています。

 この先生方を通して共通していえることは,現場との生の関わり,あるいは,実践を伴わなければ,「学究」が無い,ということです。
 学問は社会に役に立つべきものだと,感じさせる研究者の方々です。
 とてもナットクのいくお話で,また,優しい日本人にこそ,広く知っていただきたいことがある。

 災害の被災地に義援物資を送るのは迷惑だからやめよう,ということである。

  「中越発 救援物資はもういらない!?
         ~新しい善意(マゴコロ)の届け方」

というブックレットが発行された。

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 内容は,まさにタイトルの通りである。

 被災地に,救援物資を「善意」で送る例がよく見られるが,受け入れる被災地としては,
■ドバッと大量に受け取ること自体が大変な手間だ。

■分別・配分するのに膨大なカネとヒトが要る。

■保管するのにも倉庫代などお金がかかる。

■被災地には不要なものも多く,捨てるのにも一苦労。

■古着や廃棄品などもまじっていることもある。

■今どき,必要なのはモノよりカネである。

■贈与品があふれると被災地の商産業・経済の再生を妨げる。

などなど,さまざまな理由で,実は非常にお困りだったのである。


 しかし,「善意」だけに,断るわけにもいかず,受け入れてきたのがこれまでの実情で,災害担当者には,「二次災害」とさえ言われていた。

 そこで,新潟中越地震に遭った長岡市は,平成18年12月,一般からの救援物資を受け取らないことを決めた。
 また,鳥取県でも,平成18年に,個人からの義捐物資を受け取らないことを地域防災計画に書き込むことにした。
 これは,ある意味,勇気ある決断だったと思う。
(必要な物資は,提携を結んだ自治体や企業から,機能的に調達するということである。)

 なお,これは世界でも同様の悩みのようである。
 バングラディシュなどでも輸入の際の通関料の支払いで被災地は困っているそうだ。

 アメリカのボランティア機構と協議をした松田曜子(NPO法人レスキューストックヤード)さんの報告によると,アメリカでもモノよりカネ,という強いニーズがあるようで,次のような募金文書があるそうだ。

「あなたがお金を寄付すれば,それはコンパクトで身軽に動けるあなた自身となる。お金での支援は『あなた』を最も必要とされる場所に届ける。」

 なかなか気が利いている。
 これ,まったくそのとおりである。
20081123074056.jpg
 平成20年11月22日(土)~11月23日(日)にかけて,
 東京大学武田先端知ビル武田ホールにおいて,
 日本災害復興学会2008年度大会
(実行委員長;田中淳・東京大学大学院情報学環・附属総合防災情報研究センター長)
が開催されました。
 今年1月に発足したばかりの新しい学会ですから,実質的には第1回目の大会です。

 私としては,「学会」と名の付く会合への生まれて初めての参加となりますので,どんなものだろうかという好奇心的興味が先に立ちます。

 日本災害復興学会は,自然災害に遭った被災者・被災地との交流を図りながら,我が国の復興のあり方を アカデミックに検討することを目的とする学会です。

 今回は,次のようなプログラムでセッションが行われました。

[第1部] 復興法制度
 ■山崎栄一   被災者支援法制論の方向性
 ■津久井進   復興理念の明文化の試み~災害復興憲章試案
 ■永井幸寿   災害救助法の実務の問題点
 平成20年11月22日に東京大学で開催された日本災害復興学会で私が発表した
    災害復興憲章試案
です。
(説明については,別に書きましたので,そちらをご覧下さい。)

災害復興憲章 試案

 我々は,幾多の大規模自然災害に遭遇し,これを乗り越えようとする過程の中で,多大な犠牲を代償に数多くの貴重な教訓を得た。しかし,地球規模で大災害が続発する中,災害列島たる国土で暮らす我々に突き付けられた課題が尽きることはない。たとえ我々が防災・減災に力の限りを尽くしても,現実に発生する被害は避け難く,災害後の復興への取り組みを忘れてはならない。
 自然災害によって,かけがえのないものを喪失しあるいは傷付けたとき,我々の復興への道のりが始まる。我々は,国際化と情報化が高度に進化しつつも,成熟した現代社会が,災害の前では極めて脆弱であることを強く認識した。被災地に生きる人々と地域が再び息づき,個の尊重と幸福追求等をうたった日本国憲法の理念が活きる恊働の社会をかたち創るため,復興の理念と内実を明らかにするとともに,必要な法制度を整備し,生活・経済・福祉・環境・文化・コミュニティが発展ないし持続することを希求し,ここに災害復興憲章を宣言する。

第1条 復興の目的
 復興の目的は,自然災害によって喪失・損傷したものを再生するにとどまらず,日本国憲法に定めた諸々の価値の実現を図り,もって復興の対象を活性化させるところにある。

第2条 復興の対象
 復興の対象は,公共的施設等に限定されるものではなく,被災地にかかわる人間と,被災地域で喪失・損傷した全てのものに及ぶ。

第3条 防災施策等との連続性
 復興は,我が国の防災施策,減災施策,災害直後の応急措置,復旧措置と一体となって図られなければならない。

第4条 復興の責任
 復興は,国及び地方公共団体の本来的責務であることは言うまでもないが,被災地の市民の自立的活動に負うところも大きく,両者が共に恊働することが求められる。

第5条 復興の手続
 復興は,迅速かつ的確な復旧と,被災地の民意の反映との調和が必要であり,復興の手続きは,この調和を損なうことなく,簡にして要を得た透明性のあるものでなければならない。

第6条 復興の情報
 復興には,被災者及び被災地の自律的な意思決定の基礎となる情報が迅速かつ適切に提供されなければならない。

第7条 復興の財源
 復興に必要な費用は,公共性の程度に過度にとらわれることなく,復興の目的に資するものか否か,また,自立の基礎部分の再生を図るために必要か否かを基軸とし,国及び地方公共団体は,常に必要な財源の拡充に努めなければならない。

第8条 市民の役割
 被災した市民は,復興が自らの尊厳と生活の再生を図り,生活基盤となる地域を活性化させることが基本となることを自覚し,日本国憲法に明示した人権を実現するための不断に努力する。

第9条 国及び地方公共団体の役割
 復興の公的施策について主たる実施責任を負うのは被災した地方公共団体であり,その責務を果たすために必要な諸施策を市民と恊働して策定するとともに,国は被災公共団体を支援・補完する責務を負う。

第10条 ボランティアの役割
 復興において,民間ボランティアの活動は不可欠であり,行政及び市民との連携を充実させるとともに,その活動の本質が自律性にあることに配慮し,行政はボランティアの自律性を損なうことなく活動への支援に努める。

第11条 医療,福祉等の充実
 医療及び福祉に関する施策は,平時から被災時を想定して拡充し,災害時の施策制定及び適用等には被災状況に応じた特段の配慮をしなければならない。

第12条 経済産業の再生
 復興のための特別な経済措置及び産業対策は,平時の施策に過度にとらわれることなく,復興に資するように策定,実行されなければならない。

第13条 環境の整備
 復興において,被災者と被災地の再生に寄与し,地球規模の防災・減災に効果的な環境整備に努めなければならない。

第14条 コミュニティの活性化
 復興において,行政及び市民は,被災地の地域コミュニティの価値を再確認し,これを再生・活性化させなければならない。

第15条 文化の向上
 復興により得られた教訓は,我が国の文化として根付かせ,教育に反映させなければならない。

第16条 復興理念の共有
 復興は,ひとり被災者・被災地に限定された課題ではなく,我が国の全ての国民・地域が共有すべき問題であることを強く認識し,常に広く復興への思いを強く振作するよう意識を高めていかなければならない。
 災害復興に関わる者の共通のテーマとして,
   「復興とは何か」
という問いがあり,これを的確に言葉で表現するのは非常に難しい。

 それをあえて明文化しようという試みをしてみた。

 こういうことを明文化することについては,良い面,悪い面,いろいろあると思う。

 良い面と考えられる点を3つ挙げる。

①基本的な理念を言葉で共有でき,議論や取り組みの質を高められる。

②復興で得られた経験を,教訓や文化に高められる。

③制度の誤った行政運用をすぐに見抜ける(ほとんどの失政や誤ちは,ミッション(使命)を見失ったときに生じる。理念の明文化は,これを防止できる。)。


 悪い面も3つ。

①多様な価値観を簡素な言葉に置き換えると,広がりや深まりが失われてしまう。

②明文化したものが一人歩きし,生の人や地域よりも,基準が優先される制度絶対主義の弊害。

③被災者から沸き上がるような経験が紡がれず,上から押し付けられる形になる危険がある。


 ・・・・いろいろ課題があるとしても,被災者・被災地が元気になる災害復興を実現するために,絶対に必要な作業・プロセスだと思うので,あえて「たたき台」を提供して,さらなる議論の活性化を望みたい。

 以下,日本災害復興学会で発表した私の予稿を引用しておく。
         ↓
岩手・宮城内陸地震の被災地「栗駒耕英地区」には,「くりこま応援の会」があります。
ハートネットふくしま&とちぎボランティアネットワークの方々が中心になって「くりこま応援の会」を立ち上げて,現地に事務所を置いて,支援活動を頑張っています。

最近は,定期的に「くりこま応援の会通信」を発行して送ってくれる。
事務所に常駐している菅原幸司さんのご努力に敬意を表したい。

本日(11月8日)午前11時半から午後2時まで,栗駒耕英地区住民が耕英地区の「山脈ハウス」で復興作業に従事している作業現場の方たち向けて,あったかいそば、うどんを提供するとのこと。
名付けて「復興そば」「復興うどん」
耕英地区住民が自ら立ち上がって行う復興活動のひとつです。
こうした小さな取り組みをコツコツ積み重ねていくことも一つの復興のカタチです。
配布されたチラシです。
koueisoba.jpg

 本日未明(24日午前0時26分頃),岩手県沖で震度6強の大きな地震が起きました。

 地震は,発生時刻が被害の大小に大きく関わります。
 今回は深夜未明ということもあって,生活時間でなかったことは不幸中の幸いです。
 現時点で,負傷者は100人を超えていますが,死亡者は確認されておらず,これ以上被害が拡大しないことを祈りたいと思います。

 ところで,直前の岩手宮城内陸地震では,地震後の初動対応が見事でした。
 特に,国や都道府県の初動の動きは非常に早かったと思います。
   地震7分後に官邸対策室の設置,
   16分後に陸自隊ヘリが出発しました。
   総務省消防庁の緊急消防援助隊も出動し,当日だけでヘリコプターは17機出動して,救助活動に活躍しました。

 今回の岩手県沖地震でも,深夜にかかわらず,迅速な対応をしています。
   地震8分後に官邸対策室が設置されました。
   岩手県から自衛隊への災害派遣要請は19分後に出されて,対応しています。
   1時間以内に緊急消防援助隊のヘリも出動しました。
   大臣も含めた政府調査団も,午前3時43分にヘリコプターで現地に向かっています。


 こうした対応は,阪神・淡路大震災の失敗から学んだ教訓にほかなりません。
 阪神大震災の時には、ヘリコプターが出発したのは地震発生から1時間半後でした。首相に第一報が届いたのは,なんと2時間後のことでした。
 あまりの遅さに,当時,怒りを通り越して,呆れ感さえありました。         

 この初動対応の失敗から,様々な法改正や,実用的な防災計画の改定などにつながっています。
 畑村洋太郎先生が「失敗学」を提唱していますが,この災害初動対応の分野については,まさに失敗学が生きていると思います。

 弁護士などの専門家による対応についても,失敗学が活かされているという点は同じです。
 被災者支援のための,異業種の連携団体である阪神淡路まちづくり支援機構ができるまでに,被災からなんと1年8か月を要しました。
 しかし,仙台弁護士会をはじめとする士業の方々の活動は,迅速かつ適切で,とても見事だったと思います。

 以下は河北新報の2008年7月13日付けの社説の一部の引用です。
社説/震災復興/地域のきずな、プロの知恵
 (前略) さまざまな仕事の人たちが支援に携わっている。自分たちは職務をきちんと果たしているか。地元行政関係者をはじめ各分野の専門家の人たちには、自らへのそんな問い掛けが求められている。多くの良き仕事なしに前進は望めない。
 地域のきずなと、職責への深い自覚に基づくプロとしての知恵の貢献。2つ相まってこそ、長い道のりを進んで行ける。
 (中略)栗原市の耕英地区の住民は避難所に日本災害復興学会の研究者らを招いて、専門家との対話を始めた。ほかの震災の教訓が生かされる一つのきっかけになるかもしれない。
 「師」や「司」「士」の付く仕事を持っている人たちの活動が目につく。医師、看護師、保健師のほか、心のケアを担う児童心理司も。建築士会、弁護士会、税理士会など8団体でつくる宮城県災害復興支援士業連絡会にとっては3年前の発足以来、初めての現地活動になった。(後略)
 今日は、新潟中越沖地震からちょうど1年目です。

 柏崎刈羽原発は、再稼働のめどは立っておらず、神戸でも先週、「原発震災」についてシンポが開かれたところです。
 原発依存からの脱却や、地域経済の再生について議論がされました(→詳しくは兵庫県震災復興研究センターのまとめをどうぞ

 どうしても中越沖地震というと、原発一色になりがちですが、15人もの命が奪われたことを忘れてはなりません。
 そして、やはりしっかり考えたいのは、地域の復興、経済の再生です。

 東京では、、「災害復興まちづくり支援機構」が主催するシンポが行われます。
 ズバリ、地域の「事業継続」(BCP)がテーマです。

被災企業の体験報告会
「第2 回専門家と共に考える 災害への備え 企業復興編」
~阪神・淡路大震災及び中越、能登、中越沖地震に学ぶ~


 企業・商店街の復興や事業継続はどう進めればよいですか?
 明日にも起こるかも知れない首都直下地震、日常から、災害時及び被災後の対策を考えておくことは、非常に重要なことです。
 このたび、阪神・淡路大震災及び中越、能登半島、中越沖地震の被災を受けた企業や商店街の方々からの復興へ向けた体験報告と、災害に備えての事業承継や事業継続計画(BCP)について、参加者の皆さまと専門家とが一緒に考える講演会を開催します。
 多くの方のご参加をお待ちしております。

1 日 時
平成20年7月16日(水)15時00分~(14時30 分受付開始)

2 場 所
東京都庁第一本庁舎 5階 大会議場 (東京都新宿区西新宿2-8-1)

 最近の被災地では,自衛隊による炊き出しが目立っている。

 被災地でもありがたいことと受け入れられ,ひとつの美談として語られている(→たとえば中越沖の記事はこちら

 もちろん,炊き出しそのものは,心あたたまる行為だけれど,
 これを何も考えず安易に自衛隊に任せてしまうのは,ちょっと問題がありそうだ。


 ひとつは,上げ膳据え膳の食料供給があまり長期にわたってしまうと,被災地の方々が立ち上がるタイミングを失ってしまうということだ。
 やはり何より大切なことは,被災者の自立による生活再建である。
 何もかもお任せの自衛隊の炊き出しスタイルは,ときに自立のタイミングを遅らせる。


 また,被災自治体が行うべき災害救助の取り組みを,「自衛隊なら安心だ」と,安易に下請けに出しているということも言えそうだ。
 自治体の姿勢が,市民ボランティアの活用に消極的であるのに,自衛隊依存が強い場合は,そういう安直な意図を感じてしまう。
 被災からしばらく経った後は,地域の活力再生を大所高所から考えた方がいいだろう。


 そして,自衛隊に任せるということは全て公費で処理されるということだ。
 つまり,被災地経済の再生には寄与しない。
 これは,中越沖地震で展開された「弁当プロジェクト」(=地元の材料を,地元の業者が弁当にして,地元で消費する。地産地消で,地元経済を再生させるプロジェクト)の,ちょうど反対である。


 もともと炊き出しは,材料の供給は公が行うが,調理作業は市民ボランティアが行いながら,だんだんと,地域市民の手で自ら行うようになるのが望ましい。

 河北新報の記事は,自衛隊とボランティアのコラボレーションとして,注目すべきだ(→「母の味で元気出して 婦人クラブなど炊き出しに奮闘」
 災害の甚大さを伝える報道を見ていると,死者数や,倒壊した家屋,崩れた山肌を,大写しにするというのが慣例だ。
 確かに,災害の悲惨さを直接的に印象づけるには,もってこいであるし,一般市民の関心事も,被害そのものに向けられる。

 しかし,「学ぶ」という観点からすると,
   「生き残れた理由」
   「倒れなかった原因」
   「崩れなかったワケ」
というのも,非常に大切なことである。

 そういう意味では,震度もマグニチュードも似通った能登半島地震では,1人しか死亡しなかったというところに着目をすべきである(室崎益輝先生も,そこを強調しておられました)。

 倒壊家屋は,圧倒的に能登地震の方が多かったし,山崩れの箇所も少なくなかった。
 もし,何か違いがあるとすると,
   「伝統」 とか 「生活の知恵」 とか 「地域力」
といったものに答えがありそうだ。

 ・能登の家はほとんど全て木造伝統家屋であった(=住まいする居室の安全が保たれていた)

 ・当日は祭りの日だった(=多くの人が地域活動のため外出していた)

 ・能登では90歳を過ぎたおばあちゃんが現役だった(=それだけ足腰・体力が都会の人より勝っていたということ)

 ・ただちにお互いに声を掛け合い救助し合えた(=それだけコミュニティが充実していた) 


 被災地から学ぶべきものは,まだまだたくさんありそうだ。
 岩手・宮城内陸地震の被災者の方々にお見舞い申し上げます。
 現時点で、死者6人、行方不明者11人ということで、人口密集地でないことからすると実に大きな被害だということになります。

 今回の地震の規模は、マグニチュード7.2ということで、未知の活断層が原因と言うことでした。
 しかし、「未知の活断層」というのを聞いても、もう驚きません。
 当たり前のように「意外な地域」での大地震が立て続いています。

 鳥取県西部地震(M7.3)も、未知の活断層が原因でした(→こちらを参考に
 能登半島地震(M6.9)も、未知の活断層が原因でした(→こちらを参考に
 新潟県中越沖地震(M6.8)も、未知の活断層が原因でした(→こちらを参考に

 我が国の活断層は、リストアップされているものだけで2000以上あると言われています
 (→防災科学技術研究所のHPへ

 しかし、調査の対象となっている活断層は地表から「見える」ものに限られていて、地中にあって「見えない」ものは、数えられていません(というか、簡単に見つけることができない。)。
  
 活断層は無数にある、と考えた方がよいようであり、第一線の地震学者もそういう発想に立っておられます。

 今回の地震の被害を見て、自分の暮らす地域で、同じようなことが起こる、と想像できるでしょうか。
 明日、同じような被害に遭うと考えられるでしょうか。
 地震活動期は今後40年は続くだろうと言われています。

 そんな中で、今回の地震を我がこととして捉えられるかどうか、単なる他所のニュースとして眺めるにとどまるかが、問われていると思います。
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